Proco RAT のクローン製作

エレキギターで使うコンパクトエフェクタの、クローン製作という自作のジャンルがあって、世界中のマニアたちが市販品の回路を解析して回路図を起こし、クローンを製作している。

1作目にはある程度ちゃんとした回路で、動作させやすそうで簡易すぎないモデルとして、BOSS BD-2 Blues Driverのクローンを製作してみた。習作ということで、実際に手を動かして設計、製作してみると様々な気付きがあった。

BD-2クローンの製作で得られたノウハウを反映し、2作目には Proco RAT を製作してみることにする。

1作目に引き続き、再び歪み系のペダルとなるが、出てくる音は似ても似つかないものになるはずで、1作目と比べて回路規模が小さくなるのでだいぶ作りやすいだろうという目論見もある。

原回路は 1970年代に作られたようだが、電子回路として見るとけっこう不思議な構成になっている。使っているパーツも不思議だし、回路も電子回路の設計に慣れた人ならやらないだろうな、という構成になっていて部品の定数なども落ち着かない。例えば、FILTERノブ(TONEノブと同等)は、左へまわすほど高音側が出てくるような動きをするが、あれもオーディオログカーブ(Aカーブ)のポテンショメータを無理やり使おうとしてああいう設計になったと思われる。ふつうに設計するなら、Cカーブのポテンショメータを用意すれば右へまわすほど高音が出る回路を作れる。

原回路は様々なところで公開されているので割愛する。回路構成としては、オペアンプLM308 の非反転増幅回路を通って、対称ダイオードのクリッパー段、トーン回路(FILTER)、JFET 2N5458 のソースフォロワによるバッファ段を通って、ボリューム(VOLUME)から出力される。

LM308 は低バイアス電流、高入力インピーダンスが特徴の測定器などで使われてきた汎用のオペアンプだが、この回路を見る限りは、そもそも AC結合なので低バイアス電流の必要はまったく無くて設計者がなぜこの品種を選んだのかはわからない。オペアンプならなんでもよくて、近所のラジオパーツショップで売ってたから、というような理由だろうと推測する。

クリッパー段とは 4.7uF の電解コンデンサで結合されているものの、負帰還回路にも出力側にもプルダウン抵抗が挟まれていないので回路内でこの部位だけ DC的に浮いてる状態で、もちろんオペアンプ入力段のバーチャルショートによって、バイアス電圧とほぼ同電位になるし、電解コンデンサにも少なからず DCR は存在するので完全に浮いているわけではないものの、違和感を感じる構成ではある。

ふつうに使ってる分には問題ないと思うものの、ゲイン(DISTOTION)を上げた状態で突然、大きな信号が入力されると、ダイオードクリッパが動作する前に段間コンデンサのインピーダンスで VCC を超えてしまい、音が詰まる(音が消える)ようなこともあるんじゃないかと思われる。

オペアンプの入力端子の直前に入れられている 1kオームは、オペアンプの発振防止のために入れるもので、古い回路ではよく使われたテクニックだが現代のオペアンプは(一部の品種を除いて)当時のものより安定しているので、LM308 にこだわらなければ不要。あと、なぜか GND との間に 1,000pF が挿入さているが、これは意図が謎。オペアンプの入力インピーダンスやプルダウン抵抗がメガオームのオーダーなので、ポールを計算しても 100kHz を超える辺りから高域を落としているものの、クリッパー段のあとでもトーン回路(FILTER)の 3,300pF で可聴域より上はバッサリ切ってしまうので回路的には特に意味が無さそう。試作中にオペアンプの発振(または、AMラジオを拾ってしまうなど)などがあって、対策として入れた可能性があるものの、やはり LM308 を使わないのであれば不要。

バッファ段で使われている JFET 2N5458(Vds ≦ 25V、Idss : 2.0~6.0~9.0mA、|Yfs| : 1.5~4.0~5.5mS、Vgs : -3.5V、Ciss : 4.5~7.0pF)というのはあまり聞かない品種で、似たような品種の 2N5485(Vds ≦ 25V、Idss : 4~20mA、|Yfs| : 3.5~7.0mS、Vgs : -0.5~-4.0V、Ciss : 5.0pF)であれば定格25V の gm 低めの、RF用JFET の汎用品種なのだが、2N5458 はデータシートでスペックを見ても、特徴といえば Idss : 2~9mA の割に、Vgs(ゲート・ソース間電圧)が深め(-3.5Vdc)なくらいで、gm も低いし、やはりこの品種を選択した選んだのかはわからない。自己バイアスのソースフォロワ段なので、クリップさえしなければ他の品種でもよいと思う。前段にダイオードクリッパー段があるので、-0.7~0.7V の信号しか入ってこないと考えればバイアスを深くする意味も無いような気がする。

バッファ段のあとに VOLUMEノブがあるが、100kA と大きめの値を使っており、そのまま出力されているのでボリューム位置によっては出力インピーダンスが最悪50kオームまで上がり、次段に接続するエフェクタによっては相性が出やすそうと感じた。




原回路は様々なところで公開されているので割愛して、今回製作した実際の回路から起こした回路図がこれになる。

部品が多いので混み合っていて見づらいが、信号は入力バッファ部を通ったあと、JFET の電子スイッチを通り、ボルテージフォロアのバッファ段、オペアンプの増幅段、クリッパー段、トーン回路、JFET 1石のソースフォロワのバッファ段を通り、再び JFET の電子スイッチを通り、バイポーラトランジスタの出力バッファ部を通って出力される。

INPUT端子の直後に挿入した C301 10pF は、AMラジオの電波の飛びつきなどを防ぐためのもので、オマジナイ程度のものなので面倒であれば入れなくても良い。22pF でも 33pF でも手持ちの小容量のセラミックコンデンサで良い。

入力バッファ部は、前回作った BOSS BD-2 Blues Driver クローンの原回路で使われていた、バイポーラトランジスタの定電流源を負荷とした JFET のソースフォロワで、定数を変更してアイドリング電流を 1.3mA から 2.2mA に上げた。R304 を 330R にして、1.8mA と聴き比べてみたい。音質が変わらないのであれば、アイドリング電流を減らす。

ソースフォロワでは単純な抵抗負荷の回路で組んだ場合、若干の電流帰還がかかるため、-1dB に満たない程度(-700mdBくらい)の損失が発生する。定電流源を負荷とすると JFET から見た時、インピーダンスが無限大に近くなり、電流帰還はほとんどかからないので損失をほぼ無くすことができる。人間の耳で、-1dB未満の損失を聞き分けられるわけはないが、同じ回路を 6段重ねれば -6dB になってくるわけで、多段に重ねて接続する可能性のあるコンパクトエフェクタという使い方を考えて、定電流源型を採用した。





NJM2904D、TI LM2904N、NJM3404AD

原回路では増幅段の オペアンプに LM308 を使用している。元は汎用品種なので、現在でも保守用の目的で製造・販売されているセカンドソース品が手に入るものの、積極的にこの品種選ぶ意味は無さそうなので、現代の汎用品種、NJM2904 で置き換える。回路定数を変えずに LM358LM2904NJM3404A などが使える。

LM358 は National Semiconductor社(現Texas Instrument)が開発した古典的な 2回路入りのオペアンプで、オペアンプ黎明期に大ヒットした FAIRCHILD uA741 の改良クアッド版 LM148 の改良版、LM324 をデュアル化した回路になっている。余談だが、同じくuA741 を Motrola社が改良デュアル化したのが MC1458 で、これを Reytheon社が改良したのが RC4558、セカンドソース品が NJM4558(JRC4558 とも呼ばれる)で、最終進化系が名オペアンプの NJM4580 になる。

LM358 は設計年次が古いので、電源電圧30V(プラマイ15V) で使えるように、最大定格32V で設計されている。LM358 では動作温度範囲が 0℃~+70℃になっているが、これを -40℃~+85℃まで広げたヘヴィデューティ仕様が LM2904。ただし、設計が新しいので電源電圧は 24V(プラマイ12V)以下しか使わないと割り切って、最大定格が 26V に下げられている。LM2904 のセカンドソースが新日本無線 NJM2904。LM358/LM2904/NJM2904 はゲイン85dB、GB積0.6MHz、スルーレイト0.5V/us だが、これをゲイン90dB、GB積1.2MHz、スルーレイト1.2V/us にスペックアップしたのが NJM3404A になる。





日立HA17458(1458互換)、ROHM BA4558、NJM4580D、NJM2082D(072系改良版)

他の 2回路入りオペアンプ、より高性能な 1458系(106dB、1MHz、0.5V/us)、4558系(100dB、3MHz、1V/us)、NJM4580(110dB、15MHz、5V/us)、TL072(125dB、5.25MHz、20V/us) も差し替えて使えるが、もちろん同じ音にはならない。





イサハヤ電子 2SK2880-D

原回路の JFET、2N5458 は、ソースフォロワで使っているということもあるが、この品種を積極的に選ぶ意味は無さそうなので、ソースフォロワに向いてそうなイサハヤ電子 2SK2880-D で置き換える。東芝2SK30ATM、2SK246 も使える。自己バイアス動作なので、なるべく Idss の低いランクを選びたい。

原回路と同じパーツ、もしくはパッケイジ違いならまだ入手可能なものもあるが、入手製の良さそうな代替品を使ってみることにした。





TAKMAN RLF1SJ

パッシブ部品は、抵抗器は TAKMAN の小型1W 5%精度酸化金属皮膜抵抗(1/2Wサイズ) RLF1SJシリーズを使用した。FFスイッチ部などは、もっと安いカーボン抵抗で十分だが、選定が面倒だったのでこちらも酸金で揃えた。

ポット(ポテンショメータ)は ALPS製16mm のもの。





Nissei AMZ(今回は使っていない)

コンデンサ類は、マイラーコンのルビコン F2D で揃えた。積セラはムラタの汎用品、10pF~220pF はメーカ不明(ムラタ?)の汎用品。





日本ケミコンKMG

電解コンデンサは日本ケミコンの KMG にした。音質にこだわる人は、ニチコン Fine Gold などを使用すれば良いが、個人的には KMG の素直な音が好きなので、KMG を使う。





日立 2SJ496TZ-E

電源入力部のハイサイドスイッチ(逆接続防止回路)は、TO-92サイズの P-ch MOS-FET、日立(ルネサス) 2SJ496TZ-E を使用した。秋月電子通商で1個90円と高級な MOS-FET だが、小型の P-ch MOS-FET は品種が少ない。サイズが大きくなってしまうが他に使えそうなのは、東芝2SJ681(40円)、東芝2SJ334(110円)、日立2SJ504(200円)あたりか。

入出力端子、電源端子はマル信無線電機、ツマミはサトーパーツ、スイッチはミヤマ、ケースはタカチ電機工業の TD型アルミダイキャストボックスを使用した。

入手できそうな代替品の半導体類が揃いそうなので、実際に入手してユニバーサル基板の上で回路を組んでいく。




すべてのパーツをユニバーサル基板、サンハヤトICB-293 の上に配置していく。




裏側はスズメッキ線で配線。




製作中に、回路の一部を変更したほうが良いことに気づいた。




変更箇所が動くか確かめるため、パーツを仮付して動作テスト。




今回は、ケースも塗装することにした。320番のサンドペーパーで削って、アサヒペンのメタルプライマーを 1回塗り。アサヒペンのクリエイティブカラースプレー(アクリル樹脂塗料)、マットブラック(No.49) を水研ぎしながら 3~4回重ね塗り。




シルクスクリーン印刷で文字を入れて、上からクリアで保護塗装。

BOSS BD-2 Blues Driverクローンでは、原回路の定数をそのままコピーするというポリシーで作ったので電子スイッチの制御用回路のフリップフロップ回路も、原回路と同じディスクリートで組んだが、ここは CMOSロジックIC、4013 を使うことで部品点数を減らして実装面積も小さくできるので、4013 を使った回路で置き換えた。ディスクリート版のフリップフロップ回路では、ラッチの切り替えを GND へプルダウンしていた(Lレベル入力)が、4013 はクロックの立ち上がりで動作する(ポジティブエッジ) IC なので、ラッチの切り替え動作は VDD(9V) へプルアップする(Hレベル入力)回路にする必要がある。

4013 の Reset端子(10番ピン)と R653 1Meg、C652 0.047uF の接続は、電源投入時に必ずバイパス回路が動作するように初期動作をセットするためのもので C652 は 0.047uF(50msec)~0.22uF(200msec) くらいの余ってるコンデンサを使えば良い。初期動作がランダムでよければ不要。10番ピンを GND に配線しておけば良い。

LED の点灯回路に入っているツェナーダイオード R651 ZD5.6V は、電池の電圧が低下してきたときに、LED の照度を落とす、または消すために使っていて、この機能が不要であれば取り除いて、R659 1k を、3.3k で置き換える。

006P電池の電池スナップは、一旦、DCジャック MJ-40 に配線する。MJ-40 ではプラグが差し込まれると、電池側回路を切り離すスイッチが組み込まれているので、電池を抜かずに DCプラグを刺すことができる。

MJ-40 からプラス側は基板の DC IN へ配線し、マイナス側はインプットTRSジャックの MJ-161M の Ring端子へ接続する。インプットTRSジャックの Sleeve端子から基板の GND へ配線する。MJ-161 は Sleeve がケースとショートするようになっているので、取り付けるだけでケースがアース電位になる。

出力側は、基板の OUT からアウトプットTSジャックの MJ-159M の Tip端子へ接続する。MJ-159M も Sleeve はケースとショートするようになっているので Sleeve端子への配線はしない。Sleeve端子と基板の GND を配線してしまうと、GND がループしてしまうのでノイズを拾う原因になる。もし、シャシーアースを使いたくない場合は、パネル絶縁型の MJ-185LP を使って GND も配線する。(MJ-185無印は絶縁型ではないので注意)

TRSジャック MJ-161M、TSジャック MJ-159M は、ケースに取り付けるにはネジ穴が長すぎるので、奥行きの調整のためにワッシャを入れる。M9 x 0.75mm細目ピッチという、工業用としてはまったく使わない特殊な規格なのでこのサイズのワッシャを市販品で手に入れることは難しい。幸い、インチ規格の 3/8" が寸法的に近いので、3/8" のワッシャを使う。緩み止めを兼ねて、ノルトロックのデルタワッシャを使用した。NL 3/8、ミスミで単価123円。

デルタワッシャがコスト的に高い場合、平ワッシャ(SUNCO WSX-BRN-M9X15-1、単価64円)と内歯ワッシャ(平和発條TWA-10-3W、単価20円)で代用することもできるが、逆に少量だと入手しづらい。

ポテンショメータのネジ穴も、M7細目ピッチと特殊だが、こちらは ALPS からワッシャ、ナットが販売されているのでこれを使えば良い。廻り止め、緩み止めに、ノルトロックのデルタワッシャ NL 1/4、ミスミで単価74円か、もしくは内歯ワッシャの平和発條TWA-7-3W、ミスミで単価19円が使える。

内歯ワッシャを使わない場合、塗装によってケースと導通しないことがあるので、ジャックやポテンショメータが触れそうな箇所を、予めサンドペーパで軽く磨いていおく。

LED は極性があるので配線の向きに注意する。

フットスイッチ MS-030-R は極性はないのでどちらへ配線しても良い。モーメンタリスイッチは複数のスイッチを好きなだけ並列して配置することもできるので、配線をなんらかのジャックで引き出してやることで外部から操作することもできる。テスト用に基板上にチップスイッチを設けることもできる。(ワニグチで短絡すれば良いだけなので、不要とは思う)

試作、動作テストを行っているときに、どこかで回路をショートしたらしく、ACアダプタの安全回路が働いた。回路を見直して電源を入れ直しても、回路が動作しないのでテスターで確かめたところ、Q502 2SC2120 のエミッタに 8V以上の電圧が出るはずなのに、0.6V しか電圧が掛かっていない。コレクタは 9V、ベースも 9V が印加されている(これは正常)ので、これは 2SC2120 が飛んでると診断。新品の 2SC2120 に差し替えたところ、正常に動作するようになった。

2SC2120 は東芝製の TO-92サイズの小信号NPNトランジスタで、Vceo(コレクタ・エミッタ間電圧) ≦ 30V、Ic(コレクタ電流) ≦ 800mA、Pc(コレクタ損失) ≦ 600mW という最大定格で、電源電圧が 9V のコンパクトエフェクタの電源部で使うなら、簡単に定格を超えることはないと考えて採用した。定格を超えた可能性があるのは Vebo(エミッタ・ベース間電圧) ≦ 5V で、安全回路が働いた時点(コレクタがオープン)で VCC側の C503 47uF、C504 47uF に電荷が残った状態で、C502 47uF が(ショートなどで)放電、ベース電圧が 0V に近くなり、定格を超えたというシナリオが考えられる。保護のため、Q502 2SC2120 のエミッタからベースに向かってダイオードを接続しておけば回避できると思うが、(動作テストではなく)ふつうに使用している分には回路がショートすることはないので、回路的には不要だと思う。2SC2120 などの小信号トランジスタは汎用品で 1個10~15円で入手できるので、テストの際に壊れたら交換する程度のスタンスでいくことにして、保護ダイオードは追加しない。





イサハヤ電子 ISC3244AS1-E

手持ちのパーツで使うアテがない型式だったので東芝2SC2120 を使ったが、現行品ならイサハヤ電子 ISC3244AS1 が Vceo ≦ 100V、Ic ≦ 500mA、Pc ≦ 600mW と完全に上位互換なのでそのまま差し替えられる。価格も 38円@秋月電子通商10本とまあまあ安い。コストにこだわるなら ROHM 2SC1740S が Vceo ≦ 50V、Ic ≦ 150mA、Pc ≦ 300mW で 8.2円@共立エレショップ10本 とさらに安い。





東芝 2SC2458-Y

コスト優先なら NEC のセカンドソース品(性能は本家に大幅に劣る)、台湾UNISONIC 2SC945L が Vceo ≦ 50V、Ic ≦ 150mA、Pc ≦ 750mW 10円@秋月電子通商、ディスコンだが東芝2SC2458(2SC1815 のパッケイジ違い) 5円@秋月電子通商20本でも良い。

コンパクトエフェクタでよく使われる品種と、2023年現在、手に入りやすい代替品のバイポーラトランジスタをまとめておく













(続く)