BOSS BD-2 Blues Driver のクローン製作

エレキギターで使うコンパクトエフェクタの、クローン製作という自作のジャンルがあって、世界中のマニアたちが市販品の回路を解析して回路図を起こし、クローンを製作している。

クローン製作の元になるモデルの中で、よく取り上げられるモデルというのがあって、それはレア物で入手難だったり、オリジナルが高額だったりする場合が多いようだ。特に KLON CENTAUER は新品では手に入らず、中古品も 50万円とか 100万円という金額で取引されるらしく、こういうモデルはクローンされやすい。

KLON CENTAUER を含めた、半導体回路の歪み(エフェクタ界隈では「ひずみ」と呼ぶ)を使った回路は、誰でも簡単に作ることができて調整箇所も検討がつくので作りやすいというのもあるのかもしれない。

解析された回路図をいろいろみていたところ、2個の面白いエフェクタ回路を見つけた。一つが、MAXON の OD-808(OEM先の Ibanez TS-808 としても知られる)で、もうひとつが BOSS の BD-2 Blues Driver だった。

ほとんどのエフェクタの回路は、電子回路のことなどよくわかってない人が、ノリで作ったような回路が多いけど、この MAXON OD-808 と BOSS BD-2 Blues Driver は、ちゃんと電子回路として考えられて作られていてとっつきやすいと思った。

KLON CENTAUER も MAXON OD-808 も、オペアンプを使った増幅回路が使われているが、BOSS BD-2 Blues Driver は、N-ch JFET 2石と、PNP トランジスタ1石の 2段増幅回路をオペアンプの代わりに使用していて、それも他のエフェクタと違って興味をそそられた。

もちろん、単純な増幅回路として考えたらオペアンプを使用した回路は諸特性が優れているが、歪み系エフェクタの場合は「歪み」を得ることが目的なので、ここをディスクリートで組むというのは向いているのかもしれない。

部品点数が比較的多いのも、習作にはちょうどいいかもしれないと思い、BOSS BD-2 Blues Driver のクローンを作ってみることにした。

解析された回路図を見た段階で、何箇所か手を入れたいと思うところがあったものの、まずはオリジナルを知るべしということもあり、定数も含めてほぼまるごと、現回路をコピーすることにした。

BOSS BD-2 Blues Driver は、1995年に発売され、その後、販売休止期間を挟むものの、2023年現在も現行モデルで作られている、ロングセラー製品の一つと言える。基本的な回路は同じだが、初期型ではスルーホール部品を使った単層基板で作られていたが、2018年ころのマイナーチェンジで、両面基板を使った表面実装部品を使った回路に置き換えられている。

細かい回路にも手を入れられているので、今回作るクローンでは、2018年以降に作られた回路を元にして、スルーホール部品で置き換えて作ってみた。レイアウトなどは参考にせず、72 x 94mm のユニバーサル基板の上に独自のレイアウトで構成した。




原回路は様々なところで公開されているので割愛して、今回製作した実際の回路から起こした回路図がこれになる。

部品が多いので混み合っていて見づらいが、信号は入力バッファ部を通ったあと、JFET の電子スイッチを通り、初段増幅回路、イコライザ段、クリッパー段、2段目増幅回路、トーン回路、130Hz 6dBブースト段を通り、再び JFET の電子スイッチを通り、出力バッファ部を通って出力される。

原回路では増幅段の N-ch J-FET に東芝2SK184 を使用している。これは、東芝2SK117(TO-92)の小型版(EIAJ SC-72 に近い)で、PD が 300mW@2SK117、200mW@2SK184 と小さくなっている以外は、特性は同じ JFET だ(外装が違うだけで、中のチップは同じ)。2018年以降の表面実装版で使われている、東芝2SK880 も同じチップのパッケイジ違い(SC-70)で、100mW@2SK880 とさらに小さくなっている。表面実装部品でも一回り大きい(SC-59)、東芝2SK209 もあって、こちらは PD が 150mW と少しだけ大きくなっている。

原回路では電子スイッチ用に N-ch J-FET の東芝2SK118 を使用している。これは、東芝2SK30ATM(TO-92) の小型版で、PD の 100mW も含めて諸特性は全く同じ。





東芝 2SC2458-Y

その他、原回路では NPNバイポーラトランジスタに東芝2SC2458 を使用している。これは定番品の東芝2SC1815 の小型版で、PD が 400mW@2SC1815、200mW@2SC2458 と違う以外は特性は同じ(外装が違うだけで、中のチップは同じ)で、同じように表面実装版で使われている東芝2SC4738 も同じチップのパッケイジ違い(PD 100mW)で、サイズ違いで東芝2SC2712(SC-59、PD 150mW)、東芝2SC4116(SC-70、PD 100mW) などもある。

同じく NPNバイポーラトランジスタの東芝2SC2459 は、定番品の東芝2SC1815 の高耐圧版とも言える 2SC2240 の小型版で、PD が 300mW@2SC2240、200mW@2SC2459 が違っている。

PNPバイポーラトランジスタは東芝2SA1049 で、これは東芝2SC2240 のコンプリペア、東芝2SA970 の小型版で、PD が 300mW@2SA970、200mW@2SA1049 が違っている。

原回路と同じパーツ、もしくはパッケイジ違いなら手持ちもあるし、まだ入手可能なものもあるが、今後、リード足付きのトランジスタ類は入手できなくなると思われるので、入手製の良さそうな代替品を使ってみることにした。

N-ch J-FET 東芝2SK184(2SK117同等品) の代替品が難しい。2SK184 の基本スペックは、V(br)gds(ゲート・ドレイン間降伏電圧) ≧ -50V、Idss(ドレイン電流) : 1.2~14mA(Y : 1.2~3.0mA、GR : 2.6~6.5mA、BL : 6.0~14.0mA)、Vgs(off)(ゲート・ソース間しゃ断電圧) : -0.2~-1.5V、|Yfs|(順方向伝達アドミタンス) : 4.0~15mS、Ciss : 13pF、Crss : 3pF。

例えば、三洋2SK303 のセカンドソース(台湾UNISONIC)のものが 2023年現在も製造されていて、BVgds ≧ -30V、Idss : 0.6~12mA(V2 : 0.6~1.5mA、V3 : 1.2~3.0mA、V4 : 2.5~6.0mA、V5 : 5.0~12.0mA)、Vgs(off) : -1~-4V、|Yfs| : 2.5~6.0mS、Ciss : 5pF、Crss : 1.5pF なので、原回路が 2SK184-GR なので、2SK303-V4 ランクが手に入るなら、ほぼ定数そのままで置き換えできる。ただし、リード足の配置が DSG なので注意が必要。(2SK184 などは、DGS/SGD)

リード足配置が DSG を許容できるなら、FAIRCHILD J112、On Semiconductor J112 が 2023年現在も製造されていて、V(br)gss ≧ -35V、Idss : 5.0mA、Vgs(off) : -1.0~-5.0V、gfs : 7~8mS@1mA、Cdg : 5.0pF、Csg : 5.0pF。性能的には格下だが、これも使えないことはなさそう。





イサハヤ電子 2SK2881-D

東芝2SK184/2SK117 の代替品で一番良さそうなのが、2023年現在も日本で製造されている、イサハヤ電子 2SK2881 で、TO-92S という、TO-92 のさらに小さなサイズ(ほぼ 2SK184 と同じ形状)でリード足の配置が SGD(=DGS)、Vgdo(ゲート・ドレイン間電圧定格) ≧ -50V、Idss(ドレイン電流) : 1.0~12mA(C : 1.0~3.0mA、D : 2.5~6.0mA、E : 5.0~12mA)、Vgs(off) : -0.1~-3.0V、|Yfs| : 6.0~15mS、Ciss : 20pF と、まさに 2SK184/2SK117 の置き換え用に用意されたかのようなスペック。2SK2881-D ランクなら、ほぼ定数そのままで置き換えできる。性能的に三菱電機 2SK108 のリパッケイジと思われる。1997年発行の CQ出版社最新FET規格表にはまだ載っていない。(日立2SK2830、松下2SK2863、ROHM 2SK2887 は載ってる)

入手性、リード足配置、価格、性能、すべての点で東芝2SK184-GR の代替は、イサハヤ電子2SK2881-D がピタッとハマったので、これを使用する。なお、イサハヤ電子2SK2881 に限ったことではないが、J-FET はどうしても製造上のバラツキが出てしまうので、使用前に選別の必要があり、回路で 10本必要だからといって、10本だけ手に入れても使えないので注意が必要。だいたい、回路で使う 10倍~20倍程度の本数を手に入れて、そこから選別する必要がある。良し悪しの選別ではなく、ランク分けなので残った石たちは他の回路で使えば良い。

東芝2SK118/2SK30ATM は電子スイッチなので諸特性はあまり気にしなくても良くて、イサハヤ電子2SK2881 の選別で漏れそうな個体を使ってしまえば良い。ちなみに、2SK118/2SK30ATM だとオン抵抗が 500オームくらいになるが、2SK2881 だと 70オームくらいなので、むしろ適任とも言える。2SK184/2SK117 の代替品に FAIRCHILD/On Semiconductor J112 を使う場合、よりオン抵抗が小さい J111 に変えると 30オームに抑えられる。

NPNバイポーラトランジスタの東芝2SC2458(2SC1815)、東芝2SC2459(2SC2240) は入力バッファの定電流回路、出力バッファのエミッタフォロワとして使われているだけなので型式が違っても音質的になにか変わると思えないので、手に入りやすい汎用の小信号NPNトランジスタならなんでも代替品で使える。130Hz 6dBブースト段で、オペアンプやコンデンサと組み合わせて、仮想インダクタとして動作するジャイレータ回路に使われているが、こちらも特性の依存性はほとんど無いので同様に代替品は汎用品で良いと思う。

PNPバイポーラトランジスタの東芝2SA1049(2SA970) は増幅回路で使われており、これは素子の特性によって音が変わってくるのでなんでも良いとは言えない。2SA1049 に基本スペックは Vceo(コレクタ・エミッタ間電圧定格) ≧ -120V、Ic(コレクタ電流定格) ≧ -100mA、Pc(コレクタ損失) ≦ 200mW、hfe : 200~700(GR : 200~400、BL : 350~700)。

汎用の小信号トランジスタだと、東芝2SC1815/2SA1015 以外に NEC 2SC945/2SA733 が定番で、オリジナルの NEC製はすでにディスコンだが、使用している回路が多いので各社でセカンドソース品が作られている。2SC945 は Vceo(コレクタ・エミッタ間電圧定格) ≦ 50V、Ic(DC) ≦ 100mA、Pt(全損失) ≦ 250mW、hfe : 90~600(R : 90~180、Q : 135~270、P : 200~400、K : 300~600) と卒のない性能で汎用品としてとても使いやすい。ただし、NEC製のオリジナル品はとても優秀なトランジスタだったが、現在販売されているセカンドソース品は、厳密なセカンドソース品というよりは、似たような定格のチップを流用しておりいずれも性能がオリジナルより大幅に劣化しているのでおすすめしない。音質的には後述する ROHM 2SC1740S/2SA733S か、三洋のセカンドソース品 Jiangsu Changjiang 2SC536/2SA608 が良い。





Onsemi KSC1845-F




NEC 2SA992-E

NEC には高耐圧版の 2SC1845/2SA992 という品種もあって、こちらは Vceo ≦ 120V、Ic(DC) ≦ 50mA、Pt ≦ 500mW、hfe = 200~1,200(P : 200~400、F : 300~600、E : 400~800、U : 600~1,200)と、電流が取れない以外はすべての面でスペックアップしている。こちらも各社のセカンドソース品が作られている。型式が違っているが、On Semiconductor が KSC1845/KSA992 という互換品を作っていて、データシートに記載された各種性能を見比べる限り、完全に互換品と言って良い。2023年現在現行品として製造されており、秋月電子通商が取り扱っているため、入手性が良い。今回は、この KSC1845/KSA992 を全面的に使用した。





ROHM 2SC1740S-S




ROHM 2SA933S-R

余談だが、汎用品の小信号トランジスタだと、ROHM 2SC1740/2SA933 も諸特性が良くて銘石と言える。Vceo ≦ 50V(Eランクのみ、40V)、Ic = 150mA、Pc = 300mW、hfe : 120~820(Q : 120~270、R : 180~390、S : 270~560、E : 390~820) と NEC 2SC945/2SA733 のライバルとも言える性能で、hfe のコレクタ電流依存が小さく(直進性が高い)、ft ≧ 180MHz、Cob ≦ 3.5pF と高周波もまあまあいける。そこまで入手性が良い品種ではないが、いまのところディスコンではないので余剰品が出回ることがある。

電源部の逆接続防止で使われているハイサイドスイッチ用の P-ch MOS-FET は、原回路では ROHM RRL025P03FRA が使われている。定格は Vdss ≧ -30V、Id(DC) ≧ -2.5A、Vgs(th) ≧ -2.5V、RDS(on) : 55mオーム@VGs=10V、というスペックだがこれは入手しやすい P-ch MOS-FET を使えば良い。TO-92サイズの日立(ルネサス) 2SJ496TZ-E が Vdss ≧ -60、Id(DC) ≧ 5A、VGS(off) ≧ -2.0V、RDS(on) : 120mオーム@VGS=10V とオーバスペックだが、これ以上小さいサイズの MOS-FET は入手性が良くないのでこれが適任。今回は手持ちの関係で日立2SJ504 という Id(DC) ≧ -20A というオーバスペックどころではない石を使っているが、これはもちろん不要。

オペアンプは現回路で使われている新日本無線 NJM4580LD、NJM4580V はパッケイジ違いの NJM4580D が現行品なので、そのまま使用する。





TAKMAN RLF1SJ

パッシブ部品は、抵抗器は TAKMAN の小型1W 5%精度酸化金属皮膜抵抗(1/2Wサイズ) RLF1SJシリーズ、音質に影響が大きそうなところだけ 1/2W 1%精度金属皮膜抵抗 RLC50YFシリーズを使用した。FFスイッチ部などは、もっと安いカーボン抵抗で十分だが、選定が面倒だったのでこちらも酸金で揃えた。

ポット(ポテンショメータ)は共立エレショップで売ってた台湾製。

コンデンサ類は、マイラーコンのルビコン F2D で揃うところは揃え、定数によって東信工業AUP、Panasonic ECQ-E で代用している。積セラはムラタの汎用品、10pF~220pF はメーカ不明(ムラタ?)の汎用品。





日本ケミコン KMG

電解コンデンサは日本ケミコンの KMG にした。音質にこだわる人は、ニチコン Fine Gold などを使用すれば良いが、個人的には KMG の素直な音が好きなので、KMG を使う。

入出力端子、電源端子はマル信無線電機、ツマミはサトーパーツ、スイッチはミヤマ、ケースはタカチ電機工業の TD型アルミダイキャストボックスを使用した。

入手できそうな代替品の半導体類が揃いそうなので、実際に入手してユニバーサル基板の上で回路を組んでいく。





試作が目的なので、ケースは塗装していない




部品点数が多く、密集している




電源部。右上の TO-220モールドがハイサイドスイッチ用の P-ch MOS-FET 2SJ504




フットスイッチのフリップフロップ部。下に 2個ある TO-92 が KSC1845。左上に見える 4本のダイオード 1N4148 はクリッパー段




初段増幅段。差動増幅回路の JFET は熱結合する(AC結合なので無くても動作する)




配線側。密集度が高いので部分的に立体的にスズメッキ線をはわせてる。追加した抵抗器は、定数の検討用

部品点数が多く、物理的に大きなパーツも多いのでケースに納めるのに苦労した。なんとか配線して音出ししたところ、回路は正常に動作しているように思う。

JEFT が原回路から変わっているので、回路定数を見直すことにした。差動増幅回路の定電流を決める R30 4.7k、R36 4.7k だと各JFET にはアイドル電流として 0.5mA前後が流れる。Idss の近い品種なのでそのままでも良いと思うが、Id-Vgs特性が違うのでデータシートの特性図を参考に、各JFET のアイドル電流を 1.5mA前後に変えることにした。R30 4.7k、R36 4.7k にそれぞれ 2.2k をパラって、4.7k//2.2k = 1.5k とし、それに合わせて負荷抵抗の R28 2.2k、R33 2.2k には 1.8k をパラって、2.2k//1.8k = 1k とした。

変更前後で音を聴き比べてみたが、どうも変更後の定数だと音がバリっとして耳に刺さる感じがあったので、けっきょく戻してしまった。

折り返し PNPトランジスタの負荷となっている、R32 2.2k、R25 2.2k の値が小さいのが気になったので、これを 10k に変えたところ、こちらのほうが閉ループゲインが若干上がるためか、心なしよい音がする気がする。1k、2.2k、10k と試してみたが 2.2k と 10k の差は聴き分けできない程度の差だったので、ここも定数は現回路のものが良さそう。





原回路のトーン回路の周波数特性

トーン回路の定数は、定数自体は原回路のもので良いと思うが、C17 6,800pF はともかくとして、C19 5,600pF や C100 0.018uF、C101 0.018uF というパーツはよく使われる定数ではないのでパーツの選択肢が限られてしまう。メーカの場合は、ロット単位で仕入れるのでどんな定数であっても使えるが、1点単位で購入したいアマチュア工作では入手しづらい定数はなるべく使いたくない。





入手しやすい定数に置き換えた回路

なるべくトーン回路の特性を変えずに、入手しやすい定数で置き換えられないか検討してみる。試行錯誤したところ、R26 を 5.6k から 4.7k へ、C17 を 6,800pF から 0.1uF へ、C19 を 5,600pF から 8,000pF へ、C100 と C101 の 0.018uF を 0.022uF に置き換えることができそうだ。C19 の 8,000pF は市販されていない定数だが、手に入りやすい 4,700pF と 3,300pF のパラレルで作ることができる。

原回路のトーン回路は、トーンつまみをフルにした状態で特性がフラットになるように作られている。オーディオアンプの場合は、トーン回路を操作しない状態でフラットな特性になることが重要だが、エフェクタの場合は回路全体で周波数特性は操作してしまっているのでここがフラットになる必然性がない。





効きを強化した回路

そこで、フラットな特性にこだわらずに、トーン調整の効きが強くなる定数がないか、再度、試行錯誤してみた。R26 の 5.6k を 3.3k へ、C17 を 6,800pF から 0.047uFへに、C19 を 5,600pF から 0.047uF へ、C100 と C101 の 0.018uF を 0.047uF に置き換えることで、原回路より少しトーンが効きやすい特性になる。










(続く)