Sola Sound Tone Bender Mk II のクローン製作

エレキギターで使うコンパクトエフェクタの、クローン製作という自作のジャンルがあって、世界中のマニアたちが市販品の回路を解析して回路図を起こし、クローンを製作している。

歪み系と呼ばれるエフェクタはトランスペアレント、オーバドライブ、ディストーション、ファズといったジャンルに区分される。出てくる音や、回路構成でどのジャンルに属するかが大まかに分類されるものの、ある程度の傾向が分かるという程度の参考情報に過ぎない。

この中で、ファズと呼ばれるジャンルは特殊で、トランジスタ 2石(回路図には 3石を使ったものも多いが、1石はインピダンス変換のための入力バッファとして使われることが多いので、増幅段としては 2石)を使った単純な増幅回路の歪みを使っており、増幅回路にオペアンプを使うことが多い他のジャンルと明確な違いがある。

ファズのオリジナルは MAESTRO FUZZ TONE FZ-1 で、これはファズの原型であるばかりではなく、ペダル型エフェクタというジャンルの先駆者でもある。いまでこそ、ペダル型エフェクタは、006P(9V)電池を内蔵するか、AC-DCアダプタを使って 9V を給電するのがなかば規格化されているが、当時はそんな常識がなかったので FUZZ TONE FZ-1 は 3V の電池を内蔵している。余談だが、信号の入力も TSフォーンジャックがあるわけではなく、本体からシールドケーブルが引き出されていて、そこにフォーンプラグが付いている。出力はフォーンジャック。

FUZZ TONE FZ-1 は様々なフォロワーを生み、数多くのクローンが作られていくが、その中で Sola Sound Tone Bender は評価の高いファズの一派で、ファズから独立して Tone Bender系の歪みというジャンルを形成しつつある。

ファズの存在はギターを始める前から知っていたが、この手のトランジスタ 2石だけといった回路は、回路図を見ると簡単そうに見えるものの、実際に設計して動作させるのは難しく、二の足を踏んでいた。もちろん、部品点数が少ないので「製作」はカンタンにできるが、エフェクタ程度の回路規模なら部品点数の多少はあまり作業の難易度には影響しないため、「動作」させることを考えるとトータルでは作ることが難しい回路の部類になると考えられる。似たような回路としてワウというジャンルもあって、これも古典的なパッシブ回路を多用しているため回路図を見ただけではクローンを作るのが難しく、やはり二の足を踏んでいる。

ファズの原点、FZ-1 では PNP型ゲルマニウムトランジスタの RCA 2N270、もしくは後期には 2N2614、2N2613 を使っているが、1960年代であればゲルマニウムトランジスタは現役の素子だったものの、その後、1970年代に入ると一気にシリコントランジスタに置き換えられてしまい、2023年現在、ゲルマニウムトランジスタは少しのヴィンテージモノが流通しているに過ぎない。

2022年にコンパクトエフェクタ界の大御所、BOSS が Tone Bender Mk II を原型としたクローンペダル、BOSS TB-2w を 3,000台限定で販売したが、4万円近い販売価格にも関わらず、数秒で売り切れ、直後にはオークションサイトで 15万円で売りに出されている。TB-2w では、Central Semiconductor 2N404A という現行品のゲルマニウムトランジスタが使われている。Central Semiconductor社はディスコンとなった他社の古い品種のセカンドソース品を作っているアメリカの会社で、マニアックな品種を作る一方で、正直、品質面での評価が低い。同じ型式を名乗っていても、例えばオリジナルが MOTOROLA製だったとして、ST Micro製や Onsemi製のセカンドソース品なら差し替えても遜色ないレベルで作られているのに対し、Central Semicon製のセカンドソース品に差し替えれば明らかに違う音に変わってしまうので特性までオリジナル品を模倣しているわけではなく、オリジナルをデータシートの定格上は上回っている、というレベルでモノを製造していると考えられる。

原型のファズが PNP型ゲルマニウムトランジスタを使った回路だったため、フォロワーの多くもゲルマニウムトランジスタを使った回路になっている。また、同じ回路構成のまま、PNP型シリコントランジスタに置き換えたり、NPN型シリコントランジスタに置き換えるといった試みが各所で行われているが、音質的な評価では PNP型ゲルマニウムトランジスタを使ったものが高いようだ。

ファズの回路図を描く時は、通常の回路図とは違って上下を逆転させ、マイナスの電位を上にすることによって、PNP型トランジスタの回路図を、見慣れた NPN型トランジスタの回路のように描くことが多い。これは、PNP型しか作られなかった初期のゲルマニウムトランジスタを使う際に、それまで技術者たちが見慣れていた真空管の回路(真空管は動作的に、NPN型トランジスタと似ている)と同じように書きたいという要望から生まれたテクニックで、PNP型トランジスタを当たり前に使うようになった現代だと、むしろ見づらいとさえ思える。

回路図を反転させている関係で、GND をマイナス側ではなく、プラス側でとっているのもファズ界のしきたりのようだ。ちなみにこれは回路図だけの都合であって、回路的には GND をマイナス側でとっても問題ない。




インターネットに出回っている回路図をそのままコピーしたもので、部品番号は適当に付与した。

回路図に見慣れてない方だと違和感が無いかもしれないが、一般的な回路図を読み書きしている人間からすると、この描き方はは非常に見づらい。




回路定数などは変えず、一般的な回路図でよく使われる、プラスの電位を上にして描き変えた。なお、一般的な回路と同じように、電源をプラスから供給し、GND はマイナス側に落とすようにしてある。厳密に書き直すなら、INPUT、OUTPUTジャックのスリーブをプラス電位に持っていく、C1 は対電源へ落とす、VR2 の 3番ピンはプラス電位へ落とす、などの必要があるとは思うが、C2 と C5 で AC結合しているので回路本体はそのまま、ジャックのスリーブ、C1 の接続先と VR2 の接続先は回路の意図を優先して、GND へ落とすように変更してある。(回路的な動作はどちらも同じ)

こう描き直すことで、回路に対する理解度が高くなってくる。各トランジスタはエミッタ接地回路になっていて、非常に単純な増幅回路を作っていることが分かる。Q1 のベースが、バイアス抵抗 R1 100k を電源側に接続しており、正常なバイアスが与えられないように見えるかもしれないが、これはゲルマニウムトランジスタを使っているから作れる回路と考えられる。

ゲルマニウムトランジスタは、シリコントランジスタと比べて漏れ電流が非常に大きい。また、hFE が低い。また、トランジスタが動作する Vbe が、シリコントランジスタの約0.7V に対して、約0.2V で動くという特徴がある。OC75 の場合、Vcb: 4.5V の際に、最大14uA の Icbo(コレクタ漏れ電流)とデータシートに記載がある。

バイアス抵抗R1 100k には、漏れ電流の影響で電流が流れており、例えば 2uA の漏れ電流があれば 0.2V の電位が発生し、これがバイアスとして使える。

余談だがファズの回路をシリコントランジスタでコピーする場合、シリコントランジスタは漏れ電流が桁違いに少なく(NEC 2SC945 の場合で、Vcb : 60V の際に、最大0.1uA)、動作のために Vbe が 0.7V程度は必要なので、このような漏れ電流を頼ったバイアス回路は動作せず、バイアス電位は適正に与える必要がある。(要するに、単純に素子を置き換えるだけでは動作しない)

Q3 の負荷は R5 470R と R6 8.2k だが、ここの信号は対GND で発生するものなので、R6 8.2k で生み出した信号はそのまま捨てていて、ここに抵抗器を挿入するメリットがわからない。信号によって R6 に電位が発生し、それにより Q3 のコレクタに掛かる電圧が変動するので、抵抗器を抜いてしまっても同じ動作をするとは言わない。ここが簡易クリッパーとしても動作していると考えられる。ミラー効果も発生し、OC75 の Cob が 40pf だったとして、この段のゲインが約20dB で動作している時、ミラー効果によって Q3 のベースに 400pf のコンデンサがぶら下がってる状態と同じになり、これは十分に可聴域の高域特性を落とすことになる。ミラー効果がなければ、高域減衰を 10kHz付近まで追いやれるので、そういう意図もあるのかもしれない。

Q2 のバイアス抵抗 R4 も Q1 と同じ 100k で、Q3 のエミッタ抵抗 VR1 による電流帰還が掛かっているものの、1k以下でほぼ影響なし、R4 100k が電源に接続されていると考えて良い。こちらも Q2 の漏れ電流によって発生した電圧でバイアスを作り出している。漏れ電流の値がわからないが、Vbe が 0.2V程度になる。Q2 にコレクタ電流が流れることで、R3 33k から信号を取り出すことができる。

Q3 のバイアスは Q1 や Q2 と違い、Q2 の負荷抵抗、R3 33k に生じた DC から得ており、自身の負荷抵抗が R6 + R5 = 8.7k になり、Q2 の Vbe が 0.2V なら、Q3 の Vbe は約0.75V(0.2V x 33k / 8.7k)になる。

この回路の定数は、使用するデバイスの漏れ電流や hFE に依存しており、設計で想定した性能のデバイスを用意できない場合は、このまま同じ定数で作ることはできない。BOSS など大手メーカで設計したものでは、調達できるデバイスに制約があることから、回路の一部定数を半固定抵抗で置き換え、製造時に調整して出荷している。

本来、DC が流れるような部位には半固定抵抗を用いることはできない。半固定抵抗に直流電流を流すと、摺動子にガリが発生するようになってくる。ただし、ここに流れる電流はそれほど多いわけではないので、BOSS TB-2w では規格の大きな半固定抵抗を用いることで、一応のガリ対策を行っていると考えられる。

あとは、漏れ電流に頼らなくて良いようにバイアス抵抗から電流をシンクするシャント抵抗を GND との間に追加し、電圧を安定させてやる方法も考えられる。例えば、R1 を 10k に変え、Q1 のベース-GND間に 330k 程度を挟むことで Q1 のバイアスを安定して与えることができるが、Q1 の動作点が安定することで音自体も変わってしまうと考えられる。また、R1 (とシャント抵抗の合成値)はそのまま前段から見た入力インピーダンスとなるため、R1 100k の時はほぼ 100k だが、10k//330k となると 9.7k となってしまう。このままだと使いづらいので、10k と 330k の中点から、100k で接続する。コレクタ漏れ電流が多く、Vbe が小さいゲルマニウムトランジスタなら 1個で済むバイアス抵抗が、シリコントランジスタに置き換えると 3個必要ということになる。




Solid State製の 2N404A が少しだけ入手できたので特性などを実測してみたところ、Icbo(コレクタ漏れ電流)が 1.2uA だった。これだと、バイアス抵抗R1、R4 が 100k では、バイアス電圧が 0.12V しか発生しないので、素子が動作するための Vbe に足りない。R1、R4 は 220k~330k くらいが必要だろう。




ピン配置は裏から見て、ポッチから時計回りに、エミッタ、ベース、コレクタの順番。

原回路では、Q2、Q3 の増幅度を設定するためにエミッタ側で電流帰還を掛けており、この電流帰還の量を VR1(ATTACK)で調整している。しかしここは直流電流が流れる部位であって、ここにポテンショメータを使うのは抵抗がある。ポテンショメータに直流電流を流すと、そのうちガリが発生するようになる。




回路的になんとか頑張って、ここに直流電流が流れないようにできないか考えたが、よいアイデアが思い浮かばなかったので力技で乗り切ることにする。

写真左が、ペダル型コンパクトエフェクタでよく使われる、ファイ16mm のポテンショメータ。これに直流電流を流すとすぐにガリってしまう。右は、もう少し容量が大きいファイ25mm の東京コスモス電機の RA25Y。これは炭素皮膜抵抗ではなく、巻線形抵抗を使ったポテンショメータで、少しはガリが出にくくなるだろうということで使ってみる。

(続く)