コンパクトエフェクタのバイパス回路

エレキギターで使うペダル型のエフェクタ(コンパクトエフェクタ)は、シャシー上面に取り付けたスイッチを足で操作することで、エフェクトの効果を on/off することができる。




これは正確にはエフェクタではなくチューナーだが、見た目は同じで LED の右側に飛び出たスイッチを足で操作して on/off する。




このボタンは、ムスタング型プッシュスイッチというパーツを使っており、見た目は同じだが回路的にいくつかの実装パターンがある。

自作エフェクタ界隈、ブティック系工房では、配線の容易さからオルタネイト型3PDT(3-pole/double-throw、3極双投)のスイッチを使ったトゥルーバイパスという回路がよく使われる。

3極あるスイッチをそれぞれ、入力切替(1極目)、出力切替(2極目)、LED点灯制御(3極目)に使うという方式で、回路図通りに配線するだけでよく、動作がわかりやすく確かにアマチュア工作では使いやすい。

デメリットもあって、まず 3PDT というスイッチは電子回路では一般的に使うパーツではないので単価が高い。同等の SPST/SPDTスイッチが 7~800円で買えるのに対し、3PDT になると 1,000円は軽く超えることも珍しくない。入力と出力の 2回、機械スイッチを通るので接点での信号劣化は避けられず、スルーした先に新たなシールド線がつながっているだけなので、インピーダンスが高い状態でノイズ源となるエフェクタの筐体を素通りしていくのでラインにノイズが乗りやすい。そして、単価が高い割にスイッチの信頼性は複雑さに反比例するので、3極ものスイッチとなると故障率が高くなり、信頼性が低い。

さらに、3極という特殊なスイッチを使うにも関わらず、そのうち 1極を LED の点灯のためだけに使うというある意味贅沢な構成であり、これをいかに回避するかということで各エフェクタメーカ、自作派が様々なアイデアを提案している。

以下が、自作界隈でよく見かけ、回路としてもわかりやすい 3PDTスイッチを使った回路の模式図。




ものすごく単純な回路だが、わかりやすくて間違えにくい。これでちゃんとバイパススイッチとして機能する。一応動作を説明しておくと、スイッチ3つは連動して動く。いま、スイッチが上の回路につながっているので、INPUT から入ってきた信号は上の配線を通って OUTPUT へつながる。LED 回路は接続されていないので点灯しない。

スイッチを踏むと回路が下へつながる。INPUT から入った信号は Effect(エフェクタの音を変調する回路の図)を通り、OUTPUT へつながる。LED回路が接続されるので、LED が点灯する。

この回路は一応動作するものの、少しだけ気になる点がある。バイパス動作を行っている際、Effect の入力がオープンになっており、回路が不安定になるおそれがある。エフェクタの場合、AC結合なので回路の入力部でバイアス電位にプルアップしており、問題ないとは思うものの、電子回路を設計する人間から見るとちょっと気持ち悪さが残る。




スイッチの向きを揃えるために回路図では見づらいが、要はスイッチの結線を逆にするだけで、バイパス動作の際に Effect の入力をアースに落とすことができる。ついでに、LED点灯回路も電源供給側を切るより、GND側に入れたほうが配線しやすいのでスイッチの位置を変えた。




配線するときは、スイッチのピン番号を頭に入れておくと間違えづらい。双投スイッチでは、2番ピンが入力(出力)、1番と 3番に切り替える、という動作をする。同様に 2極目は 5番ピンが入力(出力)で、4番と 6番に、3極目は 8番ピンが入力(出力)で、7番と 9番に切り替わる。




3PDT のスイッチが手元にないので、これは DPDT(double-pole/double-throw、双極双投)タイプの miyama DS-008 のピン配置だが、ちゃんと番号が振られている。

他社製のスイッチだとピン番号が書かれていないこともあると思うが、極の間が隔壁のようなデザインになっていることが多いので、それでピン配置を推測できる。もちろん、使う前にテスターで結線を確かめたほうが良い。

このあたりも、自作エフェクタ界隈の「トゥルーバイパス配線例」のような図で、わざわざ異なるピン番号を書いたりしているところがあって混乱するので、配線を間違えないためにも、1-2-3 で 1極、4-5-6 で 1極、という配列は業界標準に準拠するようにしたい。




千石電商さんで販売されている、CLIFF FC71078(税込1,480円) というスイッチの画像をお借りして、ピン番号を書き込むと、こういう順番になる。




ピン番号に実際の配線を書き入れたもの。1番と 5番、3番と 7番はジャンプ配線する。4番ピンは NC(なにも接続しない)。この端子はバイパス動作の際に電位が GND になるので注意する。

ここで、入手性が悪く、コストが高く、サイズが大きく、信頼性が低い 3PDT を使わずに同じような回路を作れないか、というアイデアとして LED の点灯回路をスイッチに頼らない方式として「ミレニアムバイパス回路」がある。

起源はわからないものの、2000年ころに発売された Proco RAT の LED点灯回路がヒントになっている、ということを聞いた。

エフェクタ回路は、信号を出力しているときと、出力がオープンになっているときで、少し電位が違ってくる。この電位の差と、ダイオードの逆接続で発生する微小な漏れ電流を(ダーリントン接続した)トランジスタの駆動用のベース電流として検出し、LED を駆動する、という仕組みになっている。

この回路を使うことで、汎用品として入手しやすい DPDTスイッチ(フジソク 8Y2011-Z 税込851円@千石電商など)を使うことができる。デメリットもあって、まず駆動回路はエフェクタの回路に依存するので、エフェクタごとに回路の設計が必要になる。ダイオードの逆接続で発生する漏れ電流は、新しいデバイスになるほど減っていて、1N914 や 1N4184 などの「古典的なダイオード」を型式指定で使わないといけない。しかし世の中で出回ってる 1N4148 などが仕様には書かれていない改善品だった場合(性能が向上する向きなので、仕様には合致している)、漏れ電流が得られず回路が動作しない、という不安定さがある。

これについても、入出力ともスイッチで制御する「トゥルーバイパス回路」の定義には当てはまらなくなるが、出力だけにスイッチを使い、回路の電源全体を制御する、「半スルーバイパス回路」という方式が考えられる。




回路の作りに依存するところはあるが、基本的に半導体は動作しない状態のときは入力インピーダンスが無限大に近くなる。無限大に近いということは、開放している(スイッチを切っている)のと同じ状況になるので、入力側のスイッチは省略してしまう、という考え方になる。

ただし、パッシブ部品、具体的には抵抗器やコンデンサは電源がなくても電流が流れるので、カップリングコンデンサとバイアス電位のプルアップ用抵抗は負荷として対GND でつながっており、トゥルーバイパスの時と全く同じ状態にはならない。

回路によっては電源の on/off で電位が一気に振れるものがあり、これは後段のエフェクタにプッ、ボッ、というノイズを出す原因になる。回路全体をまるごと on/off してしまうという、荒業とも思える方式だが実用になるという意味ではアマチュア工作向けの回路とも言える。

KLON CENTAUR では入力部に JFET入力のオペアンプ(TL072)を使ったバッファがあり、エフェクト回路の途中に信号経路を GND へ落とすスイッチ(LED の点灯制御と共用)をつけて、出力だけをスイッチで切り替えるようになっている。バッファードバイパス回路だが、1極のスイッチを信号制御と LED の点灯制御で共有する回路に工夫がみられておもしろい。

大手エフェクタメーカの BOSS や MAXON ではこの手のトゥルーバイパス回路ではなく、バッファードバイパスという回路を使っている。回路の切り替えも、機械式のスイッチではなく JFET を使った電子スイッチになっている。

バッファードバイパスになっている理由としてはトゥルーバイパス回路でデメリットとして挙げた接点を通る経路が減らせる、筐体内でラインのインピーダンスを下げられるのでノイズに強い、などが考えられる。バッファ回路というのは電圧的な増幅を行わず、インピーダンス変換を行うだけ(電流を増幅させる)なので、オーディオ領域に限って言えばバッファ回路を通すことで音質が変わるということはあまり考えられない。

もし音質が変わったと感じるなら、それはバッファードバイパスを通したときの音が本来の音で、バッファードバイパスを通らないときはなんらかの理由で信号が減衰していると考えられる。エレキギターでよく使われているシールド線は線間容量が大きく、ラインの長さによっては可聴域で変化を感じられるほど高域が減衰する。

これはシールドケーブルを使って簡単に試すことができ、同じ線材で作られた 3m のシールドケーブルと、15m のシールドケーブルを用意する。用意したシールドケーブルをエレキギター本体に接続し、それぞれ繋ぎ変えると、3m のシールドケーブルを使ったときに比べ、15m のシールドケーブルを使ったときは、音が生ぬるく聞こえるはずだ。バッファ回路を使うと、バッファ回路のあとにこの 15m のシールドケーブルを接続しても、あたかも 3m のシールドケーブルを使っているかのように使うことができる。

もちろんバッファードバイパスであっても機械式スイッチを使ってバイパス回路を作ることはできる。しかし、BOSS では機械式スイッチを使わずに電子スイッチを使った回路で作っている。

一番の理由は製造コストと思われる。先にも述べた通り、3PDT といったスイッチは特殊用途でしか使われないので非常にコストが高い。メーカが大量仕入れを行ったとしても、一気に安く用意できるものではない。

次の理由が故障率の低さだ。機械式スイッチはパーツの中でもかなりの故障率が高く、販売後の修理にもコストが掛かることを考えるとメーカとしてはなるべく採用したくない。

BOSS では汎用品として大量に出回っており信頼性が高い、モーメンタリ型 SPST(single-pole/single-throw、単極単投)スイッチを使い、フリップフロップ回路を切り替える回路を全面的に使っている。




BOSS BD-2 Blues Driver のクローンを製作したときに起こした図面から、電子スイッチの制御回路を抜き出したのが上の図だ。Q15/Q16 は図面では On Semiconductor KSC1845 になっているが NPN型の小信号トランジスタならなんでも使える。本家BOSS では NEC 2SC945 などを使っていたようだ。

バイポーラトランジスタ 2石、抵抗器8本、セラミックコンデンサ 5本で作られた単純な T-FF(トグル型フリップフロップ)だが動作が確実であり、回路切替までの時定数も設定できるので回路切り替え時にポップノイズが出にくいというメリットもある。

ディスクリート部品で組まれているのは、1970年代に設計されたからだと思われる。安く手に入る汎用パーツだけで作ることができるので、使用する電子パーツの廃盤に悩む必要もない。BOSS のようなメーカで量産のために仕入れれば、トランジスタは 1石3~5円、抵抗器は 1本1円以下、セラミックコンデンサも 1本10円以下と思われるので、単純に足し合わせても(SPSTスイッチを除いて)原価50円以下で作れてしまう。実績はすごいもので、2023年現在も現役で販売されている BOSS製エフェクタでもまだ同じ回路が使われている。(細かい定数は変更されている)

ただしこの回路も完璧なわけではなく、ちょっとした弱点がある。それは電源を入れたときに、バイパス回路が作動するか、エフェクタ回路が作動するか、運任せになってしまい固定できない。ただしこれは解決策があり、各トランジスタのコレクタにつながっている 18k の抵抗器を、片側だけ 22k に変えてやれば良い。LED が接続された側(バイパス回路側。上の図の R40)を 22k に変更すると、電源を入れたときに必ずバイパス回路が動作するようになる。市販品を改造する場合は抵抗値を上げるのは難しいので、反対側の 18k(上の図の R43)に 270k くらいの抵抗器をパラってやる。18k//270k = 16.9k になるのでこちら側のスイッチが先に off から動作するようになる。

T-FF で作られた制御回路から駆動される JFET の電子スイッチは、電子回路の教科書には出てこないような特殊な使い方だが、古くからディスクリート部品で回路を組み上げてる人だと思いつくちょっとおもしろい回路になっている。

JFET のドレインとソースは実は内部では同じ半導体から引き出されている。ゲートに電圧が掛かっていないとき(JFET は 0V だとドレイン電流が流れてしまうので、正確には負電圧のとき)はドレイン-ソース間の抵抗値(オン抵抗、RDS)は大きいままだが、ゲートに電圧が掛かって動作状態になるとドレイン-ソース間の抵抗値が数オームに下がるという JEFT 特有の特性を使っている。この抵抗値は JEFT の型式によって違っているが、定番品の東芝2SK30ATM だと約500オーム弱になる。

イサハヤ電子の 2SK2880(三菱電機2SK381相当品) だと 250オーム、2SK2881(三菱電機2SK108相当品) だと 70オームという非常に低い値なので電子スイッチに使いやすい。

そもそもスイッチ動作に特化して作られている MOS-FET を使うと、この値をミリオームのオーダにすることができる。例えばイサハヤ電子 INK021ABS1 なら 0.2~0.35オーム、汎用品の 2N7000 で 1~7.5オームと桁が違う。ただし、MOS-FET はその構造上、端子間の寄生容量が大きく(INK021ABS1 で Ciss = 660pF、2N7000 で Ciss = 20~50pF)、JFET と比較してコストも一桁違ってくる(INK021ABS1 で 70円@秋月電子通商)のでエフェクタ用の回路としては JFET が適していると思われる。ただし、2023年現在すでにリード足のタイプの JFET は入手が困難になってきており、前述のイサハヤ電子2SK2880/2SK2881 以外に日本製のリード足タイプ JFET は製造しておらず、今後もいつまで入手ができるかわからない。

1970年代に設計されたと思われる本回路は、2023年現在だと CMOSロジックIC で簡単に実装することができる。CMOSロジックIC といえば定番は 74HCシリーズだが、74HCシリーズは動作電圧として 5V を想定しており、電源部の絶対最大定格が 6V くらいに規定されているので、電源が 9V になるエフェクタでは使いづらい。




74HC74 で使うための 5V を作るため、NJM7805(もしくは他社互換品の x7805)を用意しないといけないのであまりオススメできない回路だが、回路図で 3つのブロックに分かれている 74HC74 は実際は 14ピンの 1つの IC なので部品点数自体は少ない。

74HC74 は 2回路の独立した D-FF(D型フリップフロップ)が入っているので、そのうちの片方(1~6ピン)を使う。2回路目(8~13ピン)は余ってしまうので VCC に接続しておく。(/Set、/Reset が同時に L(GND)となる動作が禁止されているため)

端子名の表記だが、例えば /Set と書いた場合、これはセットバー端子と読み、本来は Set と書くが、これはバーの付かない端子と Hレベル、Lレベルが反転しているという意味になる。FF回路の出力端子である Q端子(キュー端子) と /Q端子(キューバー端子)はレベルが交互に入れ替わるのでわかりやすい。




実装してみると回路図で見るほど複雑ではなく、配置を工夫すればかなりコンパクトに実装できると思う。

74HC74 を使う場合、Q と /Q の Hレベルが 5V なので、JFET をオンするのに VGS が十分ではないので、Q と /Q の出力で JFET のゲートを駆動するためのトランジスタなどを挟む必要があるかもしれない。バイアス電圧が 1/2 VCC の約4~4.5V だと JFET がオンになる Vgs に達しないので、バイアス電圧を 1/3 VCC の約3V か、1/4 VCC の約2V にする必要がある。

このあたりは後述する東芝TC74HC4066AP を使った電子スイッチに接続すると使いやすいので、単純に置き換える場合は次で紹介する 4013 を使った回路のほうがオススメだ。

4000シリーズの CMOSロジックIC だと電源電圧が最大18~20V でも動作する。エフェクタだと 4000シリーズが使いやすい。

4000シリーズで T-FF を作れそうなのは、D-FF 2回路型の 4013 か、JK-FF 2回路型の 4027 で、4013 は 14ピン、4027 は 16ピンなので実装を考えると 4013 が使いやすい。ただ、2023年現在、4000シリーズの CMOSロジックIC の入手は困難になってきている。2023年現在、東芝TC4013BP(40円@秋月電子通商、53円@千石電商、70円@マルツ)、メーカ指定なし4013(49円@共立エレショップ)、TI CD4013BE(98円@マルツ)、TI CD4027BE(84円@千石電商)、メーカ指定なし4027(71円@共立エレショップ)といった具合で特に DIPタイプはいつまで供給が続くかわからない。




4013 を使った場合は 74HC74 で必要だった 5Vレギュレータ7805 が不要になる。/Set、/Reset 端子の代わりに Set、Reset端子になるのでこれを GND に接続しておく。不要な 2回路目は VCC ではなく GND に接続しておく。(Set、Reset が同時に H(VCC)になる動作は特に禁止されていないので、配線の都合で VCC でも良い)

この回路は、Clock端子が L から H へ立ち上がるタイミングを使って(ポジティブエッヂ) Q と /Q を入れ替える動作をする。スイッチが押されていない時は、Clock端子は 1Meg を介して GND にプルダウンされているが、ユーザがスイッチを押すと、VCC と導通して反転動作が作動する。なぜ反転するかというと、Data端子(5番ピン)は /Q端子(2番ピン)が入力されているので、それが次の Q端子(1番ピン)の出力となり、/Q端子は逆の電位になるのでシーソーのように入れ替わるようになる。




部品点数が減るので実装はさらに小さくできる。回路図と違って、1回路目を使わず、2回路目(9~13ピン)で配線してある。




4013 に比べて 4027 のほうが入手性が悪く価格も高いので、わざわざ 4027 を使う必要はないと思うが、一応、回路図だけ載せておく。

JKフリップフロップの場合は、Set、Reset を Lレベルに、J、K を Hレベルにセットするだけで、Clock の立ち上がりのタイミング(ポジティブエッヂ)で Q と /Q が入れ替わる T-FF を作ることができる。

フリップフロップ部を CMOSロジックIC で置き換えたついでに、JFET を使った電子スイッチも CMOSロジックIC に置き換えてしまうとさらにコンパクト化できる。

4000シリーズの 4066、または互換品の東芝TC74HC4066AP は単純なアナログスイッチが 4回路入っており、on/off のみの SPST(single-pole/single-throw、単極単投)であるものの、制御を同期すれば 4PST としても、DPDT としても使うことができる。4066 を並列にすることで、任意の nPST、nPDT スイッチとして使うことができるので回路設計の自由度が高くなる。

上で作った 4013 などを使った T-FF を用意しなくても、機械式の SPDT(single-pole/double-throw、単極双投)スイッチ(フジソク 8Y1011-Z 税込693円@千石電商 など)を制御信号に使うこともできるので、コストを抑えながらトゥルーバイパスを形成したい場合も使えると思う。




東芝TC74HC4066AP は 74HCシリーズの 4066相当品でピンコンパチな上に、電源電圧が 12V まで動作するという仕様なので、レギュレータを使った降圧回路を用意しなくてもエフェクタで使うことができる。もちろん、オリジナルの 4066 を使っても良い。電源電圧の違いを除けば、諸特性は東芝TC74HC4066AP のほうが良い。TI からも 74HCシリーズの 4066相当品のピンコンパチ製品、SN74HC4066 が出ているが、電源電圧が 5V までなので今回紹介する回路では代用にならない。

東芝TC74HC4066AP のデータシートを見ると、オン抵抗RON が VCC = 9V のとき、50~75オーム、スイッチ端子容量CI/O が 6pF となっているので実際にスイッチ回路は小信号用MOS-FET相当の回路で作られていると考えられる。




ROHM の互換品 BU4066BC のデータシートには等価回路が載っていた。74HC4000シリーズではないので全体の回路は違う設計になっていると思うが、このあたりのスイッチの回路は大差ないと思われる。入力端子はノーマリオフ型の N-MOS、P-MOS のペアのゲート素子につながっている。出力端子はゲート接地回路の N-MOS、P-MOS のペアのソースから出力されている。

オン抵抗RON は VCC = 10V のとき、120~150オーム、スイッチ端子容量CS が 10pF となっている。この数値は東芝 TC4066BP と同じ。ちなみに TI の CD4066B は VCC = 10V のとき、オン抵抗rON が 180~400オーム、スイッチ端子容量Cis が 8pF となっている。TI の SN74HC4066N は全体の数値が改善されている(TC74HC4066AP に近い)が、東芝製と違って電源電圧は最大6V なのでここで紹介した回路のままでは使えない。

余談だが、この等価回路の図をみて、違和感を感じた方は居ないだろうか。通常、MOS-FET を表す回路記号だとドレイン、ソースに接続されたバーが点線になっている。上の等価回路だと点線ではなく、実線になっている。

ディスクリート部品として販売されている MOS-FET のほとんど(99%?)は、ゲートソース間電圧Vgs = 0V の時はドレイン電流Id = 0A で、Vgs に 2~4V程度の電圧が掛かると Id が流れ出す、エンハンスメント型で作られている。エンハンスメント型の MOS-FET を表す記号が、見慣れた点線タイプの回路記号になる。

MOS-FET の構造で作られていても、JFET のようにゲートソース間電圧Vgs = 0V でもドレイン電流Id が流れるタイプの素子もあって、これはデプレション型と呼ばれる。デプレション型 MOS-FET の回路記号が、この BU4066BC の等価回路に出てくる実線を使ったものになる。ただ、回路の動作を考えたときにここにデプレション型MOS-FET を使うと思えないので、これは単に回路記号を厳密に書いていないだけだと思われる。(データシートを書いた人は、回路図CAD を使っていると思うが、デプレション型MOS-FET の回路記号なんて、よく使う回路記号に用意してるんだろうか?)




余談のさらに余談だが、TI の CD4066B のデータシートにも冒頭に等価回路が載っていて、こちらは通常のエンハンスメント型の回路記号で書かれている。閑話休題。




これがオルタネイト型SPDTスイッチと 4066 を組み合わせた場合のトゥルーバイパスの回路図で、信号が機械式の接点を通らなくなるので信頼性が格段に高くなる。ただし電気的には、機械式のスイッチを使うのと同じような動作なので、バイパス切り替え時のポップ音は 3PDT を使ったトゥルーバイパス回路と同じように出てしまう。

4066 は MOS-FET による電子スイッチなので、信号は 0V~VCC しか通らない。信号側を AC結合して、バイアスを重畳するとカンタンな回路になるが、そうなるとバッファを入れたくなるし、トゥルーバイパスではないと突っ込まれそうなので別の手法で実装する。

ICL7660 はチャージポンプIC というパーツで、入力した電圧の極性を反転させた負電圧を作ることができる。9V の負電圧 -9V をそのまま TC74HC4066AP に入力すると最大電源電圧の 12V を超えてしまうので、VCC の 9V を 5.1V のツェナーダイオードで降圧して、4V をチャージポンプして、プラスマイナス4V(電源電圧8V) を作っている。TC74HC4066AP は単純なスイッチで電源の質はあまり気にしなくていいので、こんな簡易な電源回路で問題ない。

ツェナーダイオードを 6.8V の品種にしてしまえば、プラマイ2.2~2.7V が得られて、定格5V の SN74HC4066N が使えそうに思えるが、電池の電圧が読めないのでその場合はツェナーダイオードで降圧するより、電池からは 10kオーム程度の抵抗と 2V のツェナーダイオード、小信号ダイオードを分圧して 2.6V を作り出し、これを ICL7660 の V+ に入れるという使い方になる。ICL7660 は 3.5V以下の入力の場合、6番ピン(LV端子)を GND と接続する。3V以下のツェナーダイオードは入手性が良くないので、コストも考えると小信号ダイオード 6本を直列にしてしまったほうが簡単かもしれない。




これがアートワーク。オルタネイト型3PDTスイッチを使ったトゥルーバイパス回路と比べると配線が多いが、PCB にしておけば使い回せるので製作の手間はさほど変わらないように思う。

4013 を使った T-FF回路に話を戻すと、D-FF回路の Set端子と Reset端子を L に固定し、Data端子と /Q端子を短絡して作ったときに、初回動作が不定になるという問題がある。電源回路の電圧の立ち上がり具合などで、Q と /Q のどちらが H になるか読めないので電源をいれるごとにエフェクト回路側が動作するか、バイパス回路が動作するか、ランダムに決まるという問題がある。

BOSSエフェクタのディスクリートFF回路の場合は、トランジスタのコレクタ端子につながる抵抗をアンバランスにすることで、起動時に必ずバイパス回路が動作するように(ノーマリー・オフ型)できると説明したが、4013 を使った T-FF回路の場合も回路をちょっと変更することで初回動作を定義することができる。




これはルネサス(旧日立)の CD4013B のデータシートに記載された真理値表。これを見ると Clock端子や Data端子の状態に依存せず、Set端子か Reset端子のどちらかを Hレベルにセットすると、Q端子、/Q端子の動作を決めることができる。(D-FF の中身は RS-FF なのでセットできるのは当たり前なのだが)




上の回路図は、起動時にバイパス回路が動作するように(ノーマリー・オフ型)セットした例。L(GND)に固定していた Reset 端子を、1Meg の抵抗を使って GND にプルダウンしておき、0.047uF で H(VDD) に接続する。電源回路の電圧が上がってきて 4013 が起動したとき、0.047uF があることで Reset端子は Hレベルになっているので、Q = L、/Q = H の出力が決まる。しばらくして(約50msec後) 0.047uF が充電されると Reset端子は Lレベルに落ちる。

逆に起動時にエフェクト回路が動作するように(ノーマリー・オン型)設計したい場合は、Reset端子は GND に固定しておき、Set端子側に同じ回路を挿入する。ディップスイッチなどを使って動作を基板上で定義することもできる。

(続く)