負電源を使わない FUZZ

エレキギターで使うコンパクトエフェクタで FUZZ (ファズ) を作るとき、たいていの場合は負電源を用いた回路を作る。

もう少し正確に言うと、ゲルマニウムトランジスタを使った回路、特に PNP形トランジスタを使った回路を作ろうとすると、回路図には負電源が出てくることが多い。

これはファズの原点とも言える Arbiter社の FUZZ FACE、またその原型となる Tone Bender の回路が負電源を用いたものになっていたためで、そのコピーで発展してきた同ジャンルの他の製品にも引き継がれてきたと考えられる。

もちろん、オリジナル回路へのリスペクトとして負電源を用いた回路で組むことはそれ自体に意義があるとも言えるが、単純に電子回路として考えたときに特に負電源を必要とする理由はない。

負電源を使うことによるデメリットもある。例えば他のコンパクトエフェクタと接続する場合、相手方のエフェクタとは、TSフォーンジャックを介してパッチケーブルでつながる。

パッチケーブルのスリーブ(S)側はたいていがシャシー電位(アース)になっている。これは、同時に電源のアースと同電位である。電池駆動など、そのコンパクトエフェクタ単体で完結している場合は特に問題にならない。

ただし、これが AC-DCアダプタなどを介した外部電源の場合、ときには問題が発生することがある。まずはアース電位が異なる事による接触の危険性。通常仕様でコンパクトエフェクタの筐体同士が接触することは稀だと思うが、電位差のあるシャシー同士を接触させるとショートが発生する。AC-DCアダプタの設計によっては内部で短絡が発生、安全回路が働いて電源が遮断してしまう。

次に簡易な分岐ケーブル(デイジーチェーン)を使った配電の場合。AC-DCアダプタがアイソレートされた回路の場合は問題ないが、簡易な分岐ケーブルを用いて、他のコンパクトエフェクタと電源を共有しようとしたときに起きる問題。前述の通り、パッチケーブルでつないだ先のコンパクトエフェクタとはアース電位が同じになっており、同時に電源側の分岐ケーブルでもつなごうとすると、やはりショートが発生する。TSフォーンジャックの配線が適切(アースではなく、負電源側に落とされている)であれば問題ないものの、通常は単純にアース側に接続されており、これは外部から見たときにはプラス電位に接続されている回路とみなせるので、マイナス電位との間で電位差があるためだ。

回路を負電源で作らず、よくある +9V側を電源、0V側をアースとして配線することでこれらの問題からは解放される。




実際の FUZZ FACE の回路を元に説明してもいいが、回路の中身は考えないほうが理解しやすいと思うので、1石の PNP形ゲルマニウムトランジスタを使った仮想の回路を例として説明する。

たぶん実際に作ろうと思うと、1石のゲルマニウムトランジスタではゲインが足りなくて歪まず、バッファーのような回路になってしまうと思うがそこは無視していただきたい。

2個の TSジャック、4つのコンデンサ、2本の抵抗機、そして 1個のポットと、1石のトランジスタ構成されている。部品点数が少ないので、全部品の役割について説明しておこう。

入力の TSジャックからアースへ落ちているフイルムコンデンサ C1 は回路的には無くても構わない。値としては 0.01uF など小さなものを使うが、これは配線に乗るラジオなどのノイズを除去するためのものでおまじない的に入れてあると考えて欲しい。副作用も無いので、とりあえず入れてあるという感じ。音質には影響のない部品なので、そこら辺に余っているテキトーなセラミックコンデンサでも使っておけば良い。

続く電解コンデンサ C2 は以後の回路を単電源で動かすため、前段と AC結合するために入れられている。C2 の前後で DC的に電位差が生じても回路が動作するようになる。カップリングコンデンサとも呼ばれる。電解コンデンサを使う意味としては、このコンデンサの値(容量)は、前後の回路との間で時定数を持ち、その組み合わせでカットされる低域の周波数が決まる。あまり小さな値を使うと、DC だけでなく低域の信号もカットしてしまう。Tone Bender や FUZZ FACE が作られた当時は、容量の大きなコンデンサといえば電解コンデンサだったので電解コンデンサが使われているが、いまはパーツも進化したので 4.7uF くらいであればフイルムコンデンサでも現実的なサイズで作ることができる。ここは信号が通るものの、音質への影響はほぼ無いのでテキトーな 10uF くらいの電解コンデンサを使っておけば良い。耐圧については最悪パターンで 9V ほど掛かることがあるが動作中は 1V もいかないので、16V なり 25V のもので足りる。

抵抗器 R1Q1 に適正なバイアスを与えるための電位を発生させる。信号はほぼ流れないので音質への影響はほぼない。なんでもいい。

そして主役の PNP形トランジスタ Q1。各端子は 1番ピンエミッタ、2番ピンベース、3番ピンコレクタと呼ぶ。この素子の動作は、3番ピンコレクタから、1番ピンエミッタに向かって負の向きの電流(コレクタ電流)が流れており、その流れる量を 2番ピンベースから、1番ピンエミッタに向かって負の向きに流れる電流(ベース電流)で制御する。1番ピンエミッタには、2番ピンベースと 3番ピンコレクタから負の向きに合成した電流が流れている。

2番ピンベースに流れる電流がどう決まるかと言うと、C2 を通して R1 に掛かる電圧(これは入力信号に比例する)によって、2番ピンベースの電位が変化する。2番ピンの電位、3番ピンの電位、増幅率によって動作点が決まりバランスしたところで回路が動作する。詳細は割愛。

抵抗器 R2Q1 のコクレクタ電流の変化を、電圧の信号として取り出すために存在する。同時に、Q1 の増幅率との兼ね合いでこの段の増幅度を決める。

ベース電流が増加すると比例してコレクタ電流が増加する。コレクタ電流が増加すると、R2 の電位も増加する。電源の -9V は R2 に発生した電位と、Q1 の合計になる。Q1 が適正に動作するには 1番ピンエミッタと 3番ピンコレクタ間に少し電圧が必要で、R2 の電圧が増えると、Q1 が動作しなくなる(カットオフ)。Q1 がカットオフするとコレクタ電流はゼロとなり、R2 に発生する電圧もゼロ、再び Q1 のコレクタに電圧が掛かり、Q1 が動作することでコレクタ電流が流れる。

実際の増幅回路ではカットオフまでいくことはなく、その手前のどこかでバランスするところがあり、これによって増幅回路を形成している。この R2 で発生する電圧こそが取り出したい信号そのものであり、この抵抗器は音質への影響が大きいので、良い部品を使いたい。

コンデンサ C3 は、C2 と同じ役割で、単電源で動作する増幅回路と、以後の回路の間を AC結合している。C2 が電解コンデンサだったのに対してこちらがフイルムコンデンサになっているのは、この部位は回路のインピーダンスが高いので、小さな値、例えば 0.01uF を使っても時定数は実用的な範囲に収まり、低域がカットされにくい。この値を大きくするほど低音が出やすくなるのでベース用などで回路を組むのであれば、もう少し大きめ、0.1 ~ 0.22uF を使うことも考慮する。

ポットVR1 は VOLUME として使われ、音量を調整する。音質にはちょっと影響する。

電解コンデンサ C901 は電源回路のインピーダンスを下げるための役割があり、地味に見えるがかなり大切な部品になる。省略することはできない。大きめの容量を必要とするため電解コンデンサを使う。回路図では脇役的なところに配置されているのでテキトーに扱われがちだが、ここはモロに信号が流れているので、良い部品を使いたい。あと配線の工夫ができるなら、アース ~ C901 ~ R2 ~ Q1 の配線はなるべくコンパクトにしたい。値としては最低でも 47uF くらいは欲しい。耐圧は 16V もあれば問題ない。




さて、ここからはちょっとアタマの体操。

Q1 周辺の増幅回路は、カップリングコンデンサ C2C3 によって AC結合しているので、前後の回路は DC 的に電位を自由に設定することができる。

TSフォーンジャックのスリーブ端子(S) は盲目的にアースへ落としていたが、信号的に考えればその必然性はなく、このように -9V の電源側につないでしまってもまったく問題ない。回路としては完全に同等のモノとして動作する。

注意点としてカップリングコンデンサ C2 は前後の電位が変わるため、極性が逆転する。また、VR1 は 3番ピンが入力、2番ピンが出力なので、描き変える都合で上下が入れ替わっている。結線は変わらず。




次への展開の準備として少し書き直し。R1Q1C901 につながるアースは同じ電位なのでまとめて描いた。ここまでくれば、最終的な結論も見えてきたのではないだろうか。




-9V電源 だったところをアース(GND)、アースだったところを +9V電源に置き換えても回路としてはなんら変わりない。よってこれが欲しかった回路そのものである。




電位が上下で入れ替わっていて読みづらいので、通常の電圧の高いほうが上になるように描き直したもの。Q1 の向きなどに注意。

ここまでの説明により、PNP形ゲルマニウムトランジスタを使った FUZZ を作るのには負電源が必要であるという常識は思い込みだったことがわかる。

要は 2個のカップリングコンデンサに挟まれた単電源回路の電位は任意のところに設定することができ、アースは +9V でも -9V でも回路としてはまったく同じである。

AC-DCアダプタから得られる電位差のうち、低い方をアースとして使うことで回路から負電源を消すことができる。

この記事で紹介した回路から負電源を消す方法は特に目新しいものではなく、電子回路に理解がある人なら誰でも思いつくような単純なアイデアであり、実際に作られた例も多い。




記事執筆当時(2026年7月)は世は AIブームである。Google謹製AI の Gemini によると、配線により解決する方法は知らない、もしくは思いつかないようである。

海外のフォーラムなどで既製品の電池式 FUZZ を改造し、AC-DCアダプタで使えるようにする Mod. にチャレンジする人が一定数居るが、ノイズに悩まされる、という事例があるようだ。

具体的には「モーターボーディング」という、非常に低周波数で共振を起こす現象である。共振を起こす周波数は使われている回路の定数などによって異なってくるが、バイクのエンジン音のように聞こえてくる、と表現する人もいる。

これについて少し補足しておくとモーターボーディングが起きる原因は負電源を使わないこととは直接関係がない。AC-DCアダプタを使おうと画策したことが、直接の原因になっている。

どういうことかと言うと、Mod. して AC-DCアダプタが使えるようになった結果、なにをするかと言えば、他のエフェクタと AC-DCアダプタを共有してボードに組み込む。それ自体は本来の使い方なので問題ないように思える。

しかし電子回路的に言うと、これはあまり望ましい状態と言えない。具体的にはアースにループが発生してしまう。エフェクタの TSフォーンジャックの S(スリーブ)側は、当然、アース電位になっているはずだ。これはパッチケーブルを通し、次のエフェクタの TSフォーンジャックの S側につながっている。つまり、接続先のエフェクタのアース電位ともつながっている。

AC-DCアダプタからの配線もマイナス側がアース電位になっている。隣のエフェクタも同じ AC-DCアダプタから給電されていると、、、

つまり、(アースが共有されている)AC-DCアダプタから、2本の給電、2台のエフェクタ、パッチケーブルを通して、三角形の巨大なループが形成された状態になっている。これは非常にまずい。

これは巨大なアンテナをつないだようなもので、ノイズ収集マシンと言っても過言ではない。

これを避けるためには完全にアイソレートされた電源を使うのが一番カンタンだ。AC-DCアダプタを共有せず、各エフェクタごとに用意してもよい。

パッチケーブルで工夫することもできる。TSフォーンプラグに配線するとき、両側とも T(チップ)、S(スリーブ)へ配線していると思うが、これを片方は T だけ配線する。これにより、パッチケーブルを通したアースの共有が経たれるのでループが断ち切れる。

あと、Mod. に手を出すほどのマニアの場合、カップリングコンデンサの値も Mod. する、というのも原因になりうる。カップリングコンデンサは容量を大きくするほど、低域のレベルが上がる。容量を増やすのはカンタンなので、そういう Mod. は珍しくない。

製品の回路がカットオフ周波数 15Hz で設計されていたとして、これを 10倍のコンデンサに置き換えた場合、カットオフ周波数は 1.5Hz まで下がることになる。

モータボーディングというのは低域での共振なので、カットオフ周波数が高めに設計された回路であれば、そもそも起きづらい。変な Mod. を加えたことで、抑えられていた共振を生んでしまったと言える。解決策はカンタンで、カップリングコンデンサを元に戻す。それでも直らなければ、あえて小さい値に変えてみる。

ベース用に作ったエフェクタの場合、このカットオフ周波数はなるべく低くしたいと考えるのもわかるが、楽器がギターの場合はカットオフ周波数が 15Hz もあれば十分だ。むしろ、もっと高くてもいいだろう。不要な低域を通したところで、ハウリングの原因になりかねない。

以上。