球は種類が多く,回路もその球によって様々な方式が考えられます.その中で,なぜEL34/6CA7を選択し,プッシュプルとしたのでしょうか.音のよい球として有名なのは,Western Electric(以下WE)の300Bです.この300Bという球は特性もすばらしく,その音質の評価については異論ありません.しかし,その市場での価格を見る限り,その音質に見合うとは考えられません.つまり,絶対的なよさでは優位に立つものの,相対的に見たときのコストパフォーマンスで不満があるのです.
余談ですが,私の好きな音のする球を,価格を考えずに上げるとすると,RCA 250(50),WE VT-52,WE 300B,EL34/6CA7,6L6GC,EL84/6BQ5です.RCA 250はナス管の古典管で非常に古いため,現物を手に入れるのはかなり困難です.その価格は,元箱で\60,000〜\80,000程度です.一方,WE 300Bは元箱で\80,000〜程します.WE 300Bは他のブランドでも作られているのですが,設計が古いためか,WEの製造技術が優れているためか,音も品質も全く異なります.そのため,WE以外で安い球があっても,その価格では比較できません.そして,EL34/6CA7はPhilips/Mulllardで\40,000〜\50,000程です.しかし,EL34/6CA7は設計の新しい近代管であり,未だに現役で製造が続けられ,その製造数も圧倒的に多いため,Philips/Mullard以外の球も問題なく使えます.音質はよくても寿命の短いもの,寿命は長くても音質が優れないもの,もありますが,現役で製造されている球で,ビンテージ管ではない為次々差し替えても問題ないでしょう.これらの球の価格はとても安く,ペアで\1,500程度から手に入ります.音質的にも精度の点からも問題の無いレベルでも,\5,000あればペアで手に入ります.また,ビンテージモノも種類が豊富で,Tesla,Siemens,Telefunken◊,松下等もオリジナルと肩を並べるよい球です.これらの事も考慮したうえ,コストパフォーマンスを考えると,RCA 250の場合,その圧倒的な音質のよさから価格に納得できるので,ある意味コストパフォーマンスは最も高いと言えるかもしれませんが,WE 300Bについては,EL34/6CA7との価格差ほど音質差は無いと言えます.数値で表す問題でもありませんが,EL34/6CA7を1とした場合,WE 300Bは2,RCA 250は5と言えるかもしれません.RCA 250を適価とすると,WE 300Bは高過ぎであり,また一方EL34/6CA7のコストパフォーマンスの高さが分かると思います.
シングル,プッシュプルの方式についてはどちらも一長一短であり,どちらがよいか,という問題ではありません.しかし,求める音,使う球,作る人,によって最適な方式を選ぶべきです.私の場合,好みとしてどちらが,という事は無いのですが,使用する球がEL34/6CA7である,というのが大きな理由ともいえます.まず,EL34/6CA7は3結でシングルでは6W程度しか出せません.実質問題ないのかもしれませんが,少し物足りないです.プッシュプルとする事で,取り合えず2倍は得られます.また,無帰還で使い,その負荷としてバックローディッドホーン型のスピーカを用いる事が想定される,という私の環境では繊細なシングルのメリットは少なく,力がありダンピングの点でも有利なプッシュプルに軍配があがります.そして,最たる理由が前述したEL34/6CA7の価格と特徴です.まず,価格の点で足かせが無い,という事はプッシュプルで使う上でメリットが多いのです.まず単純にプッシュプルでは球数が2の倍数で必要になります.ステレオでは4の倍数です.そして,プッシュプルでは球のバラつきの無さが必要です.EL34/6CA7は近代設計管であり,よほどの粗悪品でもない限り,性能が損なわれている球というのは見当たりません.また,現行生産品なので特性を揃えやすく,安いので大量に購入して選別する事も可能です.実際には,真空管屋が特性測定した上でペア組みしたセットを売っているので,これを買う事で簡単に特性のそろった球を用意できます.これらは大きなメリットであり,例えば入手困難なRCA 250を4本購入するなんて困難の極みですし,そこからペアを取るなんて不可能と言ってよいでしょう.そのため,もしRCA 250を使うとしたら,他にどんなメリットがあろうと,プッシュプルの選択は有り得ないと断言できます.
このコンテンツは 2003年に別のサイトに掲載したものを転載しています。