オーディオブランド PASS LAB の主宰者、設計者である Nelson Pass氏の手作りブランド、first watt がとても魅力的な製品を作っている。
何年か前になるが、出力段に SiC J-FET を起用した J2 というアンプを作っていた。これは 70~80年台に SONY や YAMAHA、NEC がオーディオ用として製造していたタテ型FET(V-FET、SIT)のような半導体を SiC(シリコンカーバイド)を使って作り、それをオーディオ用アンプの出力段素子として採用したものだった。
この新型の SiC J-FET は需要が急増している自然エネルギー向けのインバータ回路用として SemiSouth という半導体メーカが作ったものだったが、残念ながら SemiSouth は業績不振で倒産してしまった。
一部では SemiSouth の SiC J-FET が出回っているようだが、在庫限りということで希少な部品になってしまう。
しかし出力段に J-FET を使ったアンプというのはどんな音なのだろう。中古オーディオ店では YAMAHA製の SITアンプがたまに入荷するが、とても人気があってすぐに売れてしまう。オーディオショップの店頭で何度か音を聴いたことがあるが自宅の環境でじっくり聴く機会はなかった。
往年の SIT素子も、SemiSouth の SiC J-FET も入手は容易ではない。
しかしもっと電力の小さな用途用の J-FET であれば電子部品として市販されている。そう、いわよる小信号用J-FET である!
日本でよく使われている J-FET でメジャーなものは東芝2SK30ATM、2SK246、2SK117、2SK170 などがある。いずれもすでに廃番だが。
このあたりの TO-92 のモールド素子は、P-D = 300mW くらいしかない。東芝の 2SK170、2SK363、2SK369 だと P-D = 400mW になる。
これくらいの P-D があればヘッドフォンなら鳴らせるだろう。試しに入手が容易な 2SK170 と 2SK369 を出力段に起用したヘッドフォンアンプを組んでみた。
P-D に余裕が無いので電源電圧は高くできない。動作も極力電流を流さないようにしたい。
電圧増幅時代の金田式DCアンプの構成と似てる。初段は NチャンネルJ-FET 2石による差動増幅で電源電圧に対して初段J-FET の耐圧が十分なのでカスコード接続は行わない。定電流回路は NチャンネルJ-FET 1石とツェナーダイオードで作る。
PチャンネルJ-FET 2石で差動増幅段の電流を折り返し、NチャンネルJ-FET 2石による SEPP 出力段をドライブする。
初段と定電流回路は東芝2SK30ATM/2SK246、カレントアンプは東芝2SJ103、出力段には東芝2SK369 を使う。出力段は入手しやすい東芝2SK170 も使える。
もう日本の部品メーカではリード足J-FET は製造していない。いずれも製造終了品で在庫限りの貴重な J-FET だ。
まだ試作の段階だが、このアンプではバイポーラトランジスタとは違う J-FET の音が楽しめる。とてもやわらかい音がする。いかにも FET っぽい音だ!
これは本格的に J-FET の音が聴いてみたくなる。海外製の半導体に目を向けると、Motorola が開発した 2N4391~4393 という小信号用J-FET がある。
これはメタキャンパッケイジの TO-18 になっていて、P-D = 1,800mW ある。セカンドソーサが何社かあるので供給も潤沢なようだ。
出力段に 2N4392 を起用して新しいアンプを組んでみた。初段は東芝2SK30ATM、定電流段にも同じく 2SK30ATM、ドライブ段は東芝 2SJ103 を使った全段J-FET回路だ。
動作中、2N4392 は触るのをためらう程度に熱くなる。しかし動作的には十分を余裕を持った定数とした。P-D = 625mWクラスの J-FET にも差し替えできる。
回路ができて動作に問題がないのでヘッドフォンをつなぎ音楽を聴いてみる。うむむむむ!むふふふふ!!
思わず笑みがこぼれる。気持ち悪い笑み。それほどいい!
この時はまだバラックできちんと配線されておらず、電源回路もけっこう適当だった。そこら辺に転がってたトランスと Si SBD、手持ちの電解コンを使った単純な電源回路をつないでた。
SEPP出力段で 1.8V/100mW を出力する場合、電源電圧が 12V であれば素子の損失はそれぞれ約700mWずつになるが、電源電圧を 15V に上げると約850mW になる。出力段だけ電源電圧を下げることもできるが回路が煩雑になるのでバランスをとって電源電圧をプラスマイナス12V にする。
電源回路はOpアンプを使ったフォノアンプで試作した電源回路と同じ構成で、電圧をプラスマイナス 12V としたものにする。抵抗器とバイポーラトランジスタによるリップルフィルターを使っただけの簡素な非安定化電源だ。
整流ダイオードに台湾PANJIT のシリコンSBD、1S10 を使ってみる。秋月通商でそれほど安くない値段で売ってたもので、CREE の SiC SBD と聴き比べが目的である。
トランスは汎用の PCBトランスを 2個使う。配線して電圧を確かめアンプにつなぐ。
厳密に計算したわけじゃないが、ピッタリプラスマイマス12V になった。もちろん、アンプ本体の定数も電源電圧12V用に変えてある。
音を聞く。硬い。キツい。これが第一印象。
整流ダイオードをシリコン・ダイオードからシリコンSBD に変えたときの、気持よく音が抜けていくあの感じがない。音の柔らかさもない。
もちろん、SBD も電解コンデンサも配線もまったくエージングされていないのではじめは音が硬いのは仕方ない。しかし、この音はひどい。まるで実験用の安定化電源をつないでしまったかのような残念な音がする。
エージングで変わるかもしれないと思い、数日この状態で使用しているがあまり音が変わる様子はない。
回路中に書き入れた電圧はこの電源部を使ったときの実測値。
ここまでが約1年前のできごと。その後、半分バラックのまま定数を変えたりしてブラッシュアップを図っていた。
電源回路は他のアンプで調子が良かった Cree の SiC SBD と東芝2SC2120 を使ったリップルフィルタの非安定化電源をこしらえた。トランスは菅野電機研究所の PK-12017 を 2台使って正負電源を得ている。
まだ Zobel とアイソレータを入れてないが、とても安定している。ヘッドフォンをそれなりの音量で鳴らしても破綻の予感はしない。電源容量に余裕があるのでとても安定した音がする。
ウォークマンにつないで手当たりしだいの音源を鳴らしてみる。ポップスとの相性がよい。ハデハデした音より、ギターの弾き語りのようなアコースティックな音楽と合う。楽器が歌っている感じがわかる。
真空管の WE300B で作ったシングルアンプを連想させるような音かな。ボリュームをどんどん上げていきたくなるような感じはなくて、そっと静かな音でずっと聴いていたくなるアンプ。自分で作ったアンプの中ではこういう傾向のものは珍しい。
タカチのケースに入れてコンパクトにまとまってるのでオフ会とかに持参できそう。