トーンアームとエラー角

ターンテーブルとアームについて具体的な製品ではなく幾何学的な考察をしたい。

長年アナログプレイヤを使っていると製品やウンチクに詳しくなるが、アームの形状による差、アーム有効長、オフセット角、オーバハングといったことを聞かれるとちゃんと説明できない人は多いのではないだろうか。

LP の場合、直径が約30cm でこのうち内周部直径約12cm には音溝がないがかなり大きな面積に音楽データが刻まれている。この信号をピックアップ(いわゆるレコード針)で拾い上げるが、そのピックアップはトーンアームに取り付けられており、トーンアームは構造上、スイングアームとして動作することになる。(変わり種でリニアトラッキングアームという仕組みもあるがここでは割愛する)

本来は音溝の上をピックアップが直線で移動してトレースするのが理想だが、仕組み的に難しいため構造が簡単なスイングアームで代用することが多い。

一番単純なアームを考えてみる。以下の図はピュアストレートアームの移動を模式化してみた。図ではシェルらしきものが描いてあるがこの先端に針先があると考えて良い。

実効長228mmオーバハング0mm(有効長228mm)、オフセット角0度を仮定する。ピュアストレートアームをオーバハング無しで取り付けると音溝のない内周部以内も含めて誤差が分布するため、音溝部だけ考えると外周部(半径150mm)でエラー角+19.20度、内周部(半径60mm付近)でエラー角+7.95度と数字だけ見ても誤差が大きいことがわかる。

全体にわたってエラー角がプラスになっているためトレース中は常にインサイドフォースが働いている。しかし心配しなくても、この図は参考のために作ったものであり、実際にこのようにオーバーハング0mmで使うことはない。

上記を踏まえてオーバハングを導入する。ストレートアームではオーバハングをマイナスに取るので、ここでは -20mm として配置し直す。

実効長228mmオーバハング-20mm(有効長248mm)、オフセット角0度とする。オーバハングを導入したことでエラー角が変わってくる。外周部(半径150mm)でエラー角+10.94度、内周部(半径60mm付近)でエラー角-12.01度とエラー角はプラスからマイナスへ変化していくようになる。ちょうど音溝の真ん中あたりでエラー角0度になる地点があり、この地点を境に外周側ではインサイドフォース、内周部ではアウトサイドフォースが働くようになる。ちなみに具体的な数値は YAMAHA YST-2 のものを使っている。

「ピュアストレートアームではインサイドフォースが発生しないためにインサイドフォースキャンセラーが要らない」と思われてる方も多いが、上の図を見ても分かる通りインサイドフォースもアウトサイドフォースもかなり多く発生している。

つまりピュアストレートアームでは、インサイドフォースとアウトサイドフォースがどちらも発生するためこれを機械的にキャンセルことは難しく、インサイドフォースキャンセラーが実装されない。以下余談。ピュアストレートアームでインサイドフォースが発生しない派の言い分は「オフセット角アーム(J字アーム、S字アーム)をインサイドフォースキャンセラなしに使っていると針先が曲がってくる(=インサイドフォースの影響)のにピュアストレートアームでは曲がらないから」らしいのですがこれはお察しの通りアウトサイドフォースも発生しているため針先が右にも左にも曲げられているからです。閑話休題。

プラスマイナス約10度のエラー角とそれに伴うインサイドフォース、アウトサイドフォースを解決する方法として J字アーム、S字アームが出てくる。J字アームと S字アームは動きは同じなので便宜上 J字アームとする。(もちろん、重さのバランスなどは違う)

実効長229mmオーバハング+15mm(有効長214mm)、オフセット角22度とする。この数値は Ortofon のショートアーム、AS-212S のものを使っている。

J字としたことでピュアストレートアームに比べてエラー角が少なくなり、外周部(半径150mm)で +3.10度、内周部(半径60mm付近)で -0.71度になる。ほぼ全域でエラー角がプラスの領域になるため、インサイドフォースが発生する。J字アームの場合はインサイドフォースが大半を占めるため、機械的なインサイドフォースキャンセラを使うことができる。

ピュアストレートに対して一気に減ったとは言え、エラー角は最大3.10度にもなる。これを解消する手段は無いのだろうか?

ここで出てくるのがロングアームになる。アームの移動半径を広げることで相対的にエラー角が少なくなる。

実効長326mmオーバハング15mm(有効長311mm)、オフセット角19度の Ortofon AS-309S に置き換えてみる。

半径の差は 42%増しだがエラー角は劇的に減る。外周部(半径150mm)で +0.13度、内周部(半径60mm付近)で +0.17度になる。これはほぼ作図の誤差程度でしかない。エラー角が最も大きくなる地点でも +1.48度程度で収まる。

リニアトラッキングアームはエラー角を排除するすばらしいアイデアではあるが、J字ロングアームを使うことでエラー角はほぼゼロにできることがわかる。

なお図示に使った外周部と内周部は現実の LP より広い範囲に音溝を設定しており、実際の LP ではもっと狭い範囲になるため各エラー角はもっと小さな数値になる。また以上の考察は幾何学的な誤差の数字だけ見ていて、実際の製品の良否とは異なる。ピュアストレートアームは重さのバランスに優れ、構造的にシンプルな分、ガッシリしたものを作れるのでエラー角が大きいデメリットを相殺するほどのメリットもあるだろう。またオーバハングがマイナスになると有効長にたいして実効長を短くできるためアームが短いメリットも出てくる。インサイドフォースは音溝の場所によって変化するため、インサイドフォースキャンセラを使わない(使えない)メリットもあるだろう。ここまでの考察でなぜ市中に出回る製品はシンプルなピュアストレートアームより J字アーム、S字アームのものが多いのか、の理由がわかれば幸いである。