小信号ダイオード

汎用品として使われる小信号ダイオード、日本では日電(NEC) 1S954、日立1S2076A、東芝1S1588、ローム1SS133 などが使われてきたが、2010年ころから日本の電子部品メーカではリード足を使った小信号用の半導体は作られなくなり、これらの定番品も廃盤、入手難となってきた。





Vishay 1N4148。黒いライン、マーキングは「V 48」。DO-35サイズ(長さ 3.56~4.57mm、太さΦ1.91mm max)

もちろん日本の半導体は世界中に輸出されてきたので、これらの汎用品の小信号ダイオードは世界中で使われてきたが、実は日本以外だと小信号ダイオードといえば定番中の定番という横綱級の製品がある。それが、1N4148 だ。

あまりにも普及しすぎて、小信号ダイオードで他の型式を見ないと言っていいほど使われており、回路図上では特定の型式というより、「小信号ダイオードを意味する」くらいの使われ方をしている。

空気や水のような存在、1N4148 とはなにものなのか、おもしろそうなので少し調べてみた。




世界中の半導体メーカがセカンドソース品を製造しており、日本の半導体メーカ、ローム(ROHM) も 1N4148 を製造している。日本では販売していない(This product is available only outside of Japan.)が、海外のマーケット向けにはこの型式は欠かせないということだろう。

データシートから抜粋。基本的な定格、静特性を見ると、Vr(逆電圧) : 75V、Io(平均整流電流) : 150mA、trr(逆回復時間) : 4.0ns、Cr(端子間容量) : 4pF、Ir(逆方向電流) : 5.0uA@75V と数字を見れば非常に優秀な小信号ダイオードだな、という印象を覚える。

では、1N4148 のオリジナルはどこが作っている(作っていた)のか? 古いデータシートをアーカイブしているサイトがあるので、それを辿っていくことにする。

1N4148 に次いで、回路図でたまに見かける 1N914 という小信号ダイオードがある。型式から分かる通り、こちらのほうが古くから存在する。




1N914 は 1960年頃、Texas Instruments が開発した小信号ダイオードで、基本的な特性は、Vrrm : 100V、Io : 記載なし、trr : 4.0ns、Ct(端子間容量) : 4pF、Ir : 5.0uA@75V と基本的なスペックは 1N4148 と変わらない。

同じリストの中に、1N4148 も記載されていて、そこには 1N914 の欄を参照するように書かれている。

1N4148 という型式は、1960年代後半に JEDEC(米国の半導体技術協会。電子部品の命名規則を管理する団体) に登録されるが、実はこの型式は 1N914 をリナンバリングしたものでで、中身はまったく同じものなのだ。ただ、1960年代初頭に開発された 1N914 は、1N4148 として再登録されるまでの数年の間に製造レベルなどが上がったために基本のスペックが上がっており、1N4148 は 1N914 の上位互換の型式ではあるものの、わざわざ低スペック品を作り分けるほどではないので 1N4148 として製造したモノに、1N914 のラベルを付けて販売を続けた、と考えたほうが良いかもしれない。

スペック的な上位互換の型式の製品を、古い型式、もしくは下位の型式としても併売するのは半導体業界ではよくあることで、ユーザ視点では上位互換品ならそのまま差し替えができるし、スペック的には要件を満たすので、これで文句を言う顧客は居ない。1N914 として設計した回路図を、すべて 1N4148 で書き直すのも手間だし、保守、修理だと同じ型式の半導体を用意する必要があるので、1N914(中身は 1N4148) として 2023年になっても製造・販売されているわけだ。

同じ表の中にある、1N916 もたまに見かけることがある型式で、これは 1N4149 として再登録された。上のリストには記載はないが、基本スペックは 1N4148/1N914 と同じで、差異は Ct : 2pF だけなので、選別品と考えられる。Ct : 2pF というスペックは、2023現在の最先端の半導体でもかなり珍しく、高周波を扱う場合など、選別品に需要があったと考えられる。

似たような上位互換で、1N4448 という型式も回路図中で出てくることがあり、これは差異が Io : 100~200mA、Ct : 2.8~4pF だが、実は軍用に作られた製品(CV9637)の民生用型式で、いまだと特定のスペックを表すより各社の上位互換型式として汎用的に使われている感じになる。

なおここまで挙げた基本スペックは、いずれも古いデータシートから取ったもので、2023年現在出回っているセカンドソース品ではスペックアップしている。意外と製造メーカごとにスペックが違うのが面白い。(ただし、いずれの場合も、オリジナルのスペックをすべての点で上回っている)

2007年発行の、FAIRCHILD の 1N4148/1N914、1N916、1N4448 のデータシートをみてみると、共通するスペックが Vr : 75V、Io : 200mA、trr : 4.0ns、Ir : 5.0uA@75V で、Ct が 4.0pF@1N4148/1N914、2.0pF@1N4448/1N916 となっている。

1999年発行の Vishay Telefunken のデータシートだと、Vr : 75V、If : 300mA、trr : 4ns、Cd : 4pF、Ir: 5uA(資料には mA とあるが、単位のミスプリ)と基本スペックは同じ、Vf の違い(全体に低め)で 1N4448 を作り分けているようだ。

すでに廃盤品だが、松下 MA162(= MA2B162) は Vr : 75V、If: 100mA、trr : 4ns、Ct : 2pF、Ir : 5.0uA@75V なので 1N4149/1N916相当品と考えられる。日本製のコンパクトエフェクタでたまに使われる MA150(= MA2B150) は Vr: 35V、If : 100mA、trr : 10ns、Ct : 2pF、Ir : 5uA@35V とスペック的には完全に三下。

1N4148 の 2023年現在の価格は、On Semiconductor 1.6円@秋月電子通商500本、On Semiconductor/FAICHILD 1.68円@千石電商500本、台湾Diodes 5円@共立エレショップ500本、Goodwork Semiconductor 9円@共立エレショップ100本と、半導体とは思えない金額で売られている。

いにしえとなってしまった日本メーカの汎用品のスペックもまとめておこう。

まずは、日電(NEC) 1S954Vr : 50V、Io : 200mA、trr : 2.0ns、Cr : 3.5pF、Ir : 0.1uA@50V と、非常に優秀なスペックだ。Vr : 50V と、一見低く見えるものの、これは Ir : 0.1uA の規定を満たすためであり、漏れ電流が 1N4148/1N914同等の 5.0uA まで許容できるのであれば、さらに電圧は上げられる。1N4148/1N914 は仕様の上では、0.025uA@20V になっている。

次に、日立(現ルネサス) 1S2076AVr : 60V、Io : 150mA、trr : 8.0ns、Cr : 3.0pF、Ir : 0.1uA@30V と、こちらもやはり優秀なスペック。Ir : 0.1uA と漏れ電流が少なく見えるが、測定条件が VR = 30V のデータであり、定格の 60V のときはもう少し増える。無線関係の検波で使うなど漏れ電流の大小が重要な用途で使われる際に、データシートにない静特性を測定することがあるが、実測もかなり低いようである。本家では廃盤品だがさすがに日本の小信号ダイオードの代表格だけあって世界中にユーザが居るので、各社でセカンドソース品も作られている。





TOSHIBA 1S1588。青色のライン、マーキングなし。DO-35サイズ(長さ 3.56~4.57mm、太さΦ1.91mm max)

1S2076A と並んで横綱なのが、東芝 1S1588。実は、1S1585~1S1588 は兄弟品で、1S1588 が一番定格などが低いものだが、電子工作で使う個人向けには 1S1588 がよく出回っていた。1S1588 にはマーキングがないが、1S1585 は T5、1S1586 は T6、1S1587 は T7 とマーキングがある。Vr : 30V、Io : 120mA、trr : 4ns、Ct : 3pF、Ir : 0.5uA@30V と意外とスペックはこれまで挙げてきた品種と比べても大したことない。

上位機種の 1S1585 は、Vr : 80V、Io : 150mA、trr : 2ns、Ct : 2pF、Ir : 0.5uA@80V と、1N4148/1N914 をはるかに上回るスペックなので、対抗馬は本来こちらだろう。ただし、初期には作り分けてたか、選別品だった可能性があるが、製造プロセスの改善で最終期にはすべて 1S1585 として製造し、各種型式で出荷していた可能性もある。日本以外ではあまり使われなかったのか、セカンドソース品も見かけない。





ROHM 1SS133。黄色のライン、マーキングなし。DO-34サイズ(長さ 2.03~3.05mm、太さΦ1.90mm max)

最後まで日本メーカ製のリード足付き小信号ダイオードとして作られていたのが、ROHM 1SS133Vr : 80V、Io : 130mA、trr : 4.0ns、Ct : 2pF、Ir : 0.5uA@80V と、どこからみても超優等生。1N4148/1N914 とは設計された時代が違うので当たり前だが、完全に上位互換と考えてよい。3.3円@共立エレショップ100本。

日本製のコンパクトエフェクタではよく使われているので、このダイオードが生み出す歪みの音は、聞き慣れた音と言える。





Taiwan Semiconductor 1SS133M(セカンドソース)。黒いライン、マーキングは「33」。DO-34サイズ(長さ 2.03~3.05mm、太さΦ1.90mm max)

とても優秀な小信号ダイオードだったため、日本だけではなく世界中でよく使われており、本家はすでに廃盤品だが 2023年現在もセカンドソース品が製造されている。Taiwan Semiconductor 1S133MVr : 80V、Io : 150mA、trr : 4ns、Cj : 4pF、Ir: 0.5uA@80V。6.1円@MOUSER 500本。





HITACHI 1SS277。緑と青のライン、マーキングなし。UMDサイズ(長さ 2.60mm max、太さΦ1.60mm max)

定番品ではないが、2023年現在も入手しやすい汎用品からいくつか上げておく。日立(ルネサス) 1SS277Vr : 35V、Ir : 100mA、trr : 不明、C : 1.2pF、Ir : 0.01uA@25V。スペック的に高周波用なので、逆電流がとても小さい。逆回復時間はスペックにないものの、他のスペックから考えれば 4ns以下には抑えられていると考えられる。15円@秋月電子通商10本。

同じ日立(ルネサス) 1SS270Vr : 60V、Ir : 150mA、trr : 3.5ns、C : 3pF、Ir : 1.0uA@60V。スペック的に、中のチップは 1S2076A最終スペックのリパッケイジ品と思われる。サイズが 1S2076A より小型化している。4円@秋月電子通商50本。





Renesas 1SS120TD。水色のライン、マーキングなし。MHDサイズ(長さ 2.40mm max、太さΦ2.00mm max)

ルネサス 1SS120TDVr : 60V、Ir : 150mA、trr : 3.5ns、C : 3pF、Ir : 0.1uA@60V。1SS270 とほぼ同スペックで、漏れ電流が一桁小さい。10円@秋月電子通商10本。8.8円@共立エレショップ100本。





TOSHIBA 1SS178。黒と緑のライン、マーキングなし。東芝1-2H1Aサイズ(長さ 3.00mm max、太さΦ2.00mm max)

日本代表ROHM 1SS133、世界王者1N4148 をスペックで完全に上回る最終兵器がこれ、東芝 1SS178Vr : 80V、Io : 100mA、trr : 1.4ns、Ct : 0.9pF、Ir : 0.5uA@80V。Io の点で 1S1585 の上位互換とは言えないものの、trr : 1.4ns は海外メーカを含め、他にみたことがない。意味がわからないスペック。1円@秋月電子通商100本。




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(続く)